キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

ブログ炎上と言論統制

こんばんは、キタガワです。


数日前、こんなブログを書いた。投稿した直後、ツイッターやブログなどに内容を批判する文章が相次いで投稿された。


「これが炎上か」と思った。幸い当ブログはそもそもの閲覧者の母数がが少ないためそこまで炎は広がらず、ボヤ程度の騒動で済んだのだが、僕は内心恐怖を感じていた。


というか、実際かなり落ち込んだ。良かれと思って書いた文章でも屈折した見方をされ、誰かを傷付けてしまう。まだ閲覧者は少ないから良かったものの、「今後多くの人に見られるようになって同じことが起きたらどうしよう」というネガティブな考えが、頭を駆け巡っていた。

 

ここ数日はブログを書こうとスマホを取り出すも、「今日は外を歩きました。お日様が明るかったです。明日も晴れだといいな。おわり」みたいなクソゲボな文章を書き、「なんじゃこれ」と全デリートする日々を送っていた。正直、文章が書けなくなっていた。

 

だが、僕の原動力は基本的に「怒り」である。日が経つにつれ、次第にむかっ腹が立ってきた。そこで今回は、そんな怒りを原動力に、書きなぐってやろうと思う。めんどくさかったら読まない方が賢明です。


まず、前回の記事、僕は何も悪いことを書いた覚えはない。


はっきり言っておくが、僕は崎山くんに対して「批判したい」とか、そんな思いは一切ない。言葉足らずだったのは申し訳ないが、むしろ彼に対しては評価している。もし嫌いだったらあれほど何回も曲を聴くはずがないし、バッサリ切っている。


前回の記事で僕が否定したのは、『メジャーレーベルの在り方』である。以前も述べた通り、メジャーレーベルは彼の才能と話題性にあやかろうと、結果的に会社の利益を最重要視している。


それが悪いとは言わないが、『時期尚早ではないか?』ということが言いたかった。メジャーでやるなら、「もう少ししてからでいいんじゃない?っていうか、高校1年生にそれは酷なのでは?」と。


もし崎山くん自身がその生活を良しとするのであれば、あんな記事は即刻削除してもいい。……だとしても、あれはあくまで『僕の勝手な意見』なのだ。もし僕の考えが気に食わないとしても他人にズケズケと心の中に踏み込まれる筋合いはないし、結果的には僕の心の中のあらゆる物を破壊して怪我を負わせたわけだ。被害者は泣き寝入りするしかないのか?


だが読み返してみると、批判的に取られかねない表現も含まれていたと思うのだ。それについては反省し、次回に活かしていきたい。


はい、この件は終わり。


ここからはめちゃくちゃ話が脱線するのだけど、今回の炎上で、僕は思った。


「こんなの言論統制じゃん」と。


海外ならまだしも、日本における言論統制っぷりはヤバい。少しでも意に沿わないことを言うと、その瞬間にバッシングを食らう。そんな世の中に、僕は心底辟易している。


思い返せば24年間、会社でもバイト先でも私生活でも「キタガワくん=ヤバい奴」というレッテルを貼られる人生だった。


新卒で入社した会社は、高齢者にろくに説明もせず何十万もする機械を売り付けるやり方をしていた。僕は最終的に、店長との大喧嘩の末に自己退職した。「ノルマのため」、「会社ってのはそういうもんだ」という会社の方針と、僕のポリシーが反発し合った結果だった。


また変なこと書きましたね。無視してください。


言葉は怖い。たったひとつの言葉が人を傷つけ、喜ばせ、価値を与える。僕はそんな『言葉』を発信する側の人間だということを、前回の炎上は思い知らせてくれた。


例えば花咲かじいさんが枯れ木を桜に変えたとして、「いつでも花見ができる!」と喜ぶおじいちゃんもいれば、「枯れ木を見るのが趣味じゃったのに!」というヤバいおばあちゃんがいるかもしれない。


例えば進研ゼミで高得点を叩き出した子供がいたとして、「ありがとう!」と喜ぶ親もいれば、「食いぶちをなくす気か!」と目くじらを立てる家庭教師もいるだろう。


例えば新入生歓迎会を開催するとして、だいたいの部員が行けそうな日を選んだら「私だけその日行けないんですけど!別の日にして!」という人もいる。


十人十色という言葉があるように、人間みな感性が異なるものだ。100人いたとして、100人全員が感謝するとは限らないのである。


それを念頭に置きながら、今後も記事を量産していきたい。


何書いてるかわかんなくなってきた。この辺で終わります。今回はネガティブな記事になってしまったので、次回はおっぱいの話でもやります。お楽しみに。