キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

世界が変われよ

「この仕事を辞めたいと思うんです」。そうAさんから伝えられたのは、3月も終わりに差し掛かろうという頃だった。「本当に申し訳ないんですけど、僕にはこの仕事が向いてないと思うので」と語る目と口調で、どれだけのストレスを彼が抱えていたのかは、想像に難くなかった。

思えば配属当初、僕はAさんの教育担当としての立場だった。期間にして数ヶ月間……ただその間はある時は真面目に、またある時はフランクに話してストレスフリーな関係性を築いてきた自負がある。彼は極めて生真面な性格で、出勤時に「おはようございます!」と一言放つ際にも事前に呼吸を整えているのを知っているし、物が所定の場所から少しでも動いたら元に戻すし、退勤前には決まって長文の引き継ぎを渡してくれた。そんな彼の真面目さは個人的には評価に値するものだと思っていて、お陰で大きなトラブルもなくここまで来れているのは事実だ。

反面、Aさんには突発的な状況になるとパニックに陥るきらいもあった。備品が足りなくなる。お客さんから強い口調で言われる。シフトに入っているはずの新人が来ないなど……。コミュケーションが上手く取れないこともあり、僕にその情報が回ってくる際には起承転結が失われているので「結局どういうこと?」となる場面も多々あった。ただそんな彼の性格も、見方を変えれば真面目さの表れである。『何かがあったら困るから万全を期す』という彼の姿勢は、素晴らしいものだったと今でも思う。

しかしながら今年始めの辞令による僕の配置換えを境に、Aさんとの距離は大きく開くこととなった。これからは僕が移動することで彼が組織の中心になると共に、ほとんど顔も合わせなくなる……。そのことに一抹の不安を覚えなかったこともないが、決まったことは仕方がない。僕は何かあれば連絡するよう伝えつつ、「後のことはAさんに任せた!」と組織を離れ、今に至っている。

そんな久方ぶりに会ったAさんから放たれたのが、冒頭の職の意向だ。まともに合わなくなってから4ヶ月が経ち、責任は大きく変わった。新人の育成も発注如何についても、全て彼に委ねられている現状だ。ゆえに退職理由として「この仕事が向いてないと思う」と告げられた際も、僕は軽率に「辞めるのはいつでも出来るからもう少しやってみたら?」と簡単な言葉で片付けてしまい、彼は「分かりました……」とその場を去っていった。ところがこの一件以降、彼は僕に退職について一切話さなくなった。だからこそ、さして彼が「辞めたい」と語ったことが大きな問題だとは思っていなかったのが正直なところである。

僕の知らない問題が表面化したのは、それから少し経ってからのこと。ここ数週間で、Aさんの配属先に入った新人がどんどん辞めていったのが事の発端だった。退職理由はいずれも「この仕事が向いてないと思ったから」……。奇しくも彼が僕に語った内容と、全く同じものだ。そこで僕はその日が最後の出勤だった新人に対して話す場を設け、詳しく話を聞いた。するとその新人は一言、何かを怖がるような目線で「パワハラがあるんです」と語ったのだ。

どうやら首謀者は、僕が移動になった時期にちょうど入ってきた人物らしかった。聞くに彼は『仕事はスピードが命!』をモットーに掲げる人間らしく、あらゆる出来事を瞬時に判断して速さに繋げる、そんな勤務姿勢とのことだ。僕はAさんとは一度だけ顔を合わせた身で、とても仕事が出来る印象しか受けなかった。ただ僕というストッパーがいなくなった直後から、特に仕事が遅いAさんに対して説教や人格否定を繰り返していたらしく、その鬱々とした雰囲気に耐えかねて新人が辞めていく……というサイクルが出来上がっていたのだ。

新人から話を聞いた直後、僕はAさんに話を聞いた。「あの話から時間経ちましたけど、最近どうですか?」と。彼は視線を宙に彷徨わせつつ「いや、大丈夫です」と語り、自分の仕事に戻っていった。居ても立っても居られなくなり「◯◯さんとはどうですか。上手くやれてます?」と探りを入れても「◯◯さんは良い人ですよ」と話すのみ。これなら腹を割って話すだろうと訴えた飲みの誘いも全て断られたため、そこで会話は終わった。……ただ、僕は知っている。彼の退勤時間がこれまでとは比較にならないほど遅くなっていること。そして顔色が、まるで死人のように悪くなっていることを。

長く生きれば生きるほどに、世の中は搾取する者とされる者の2種類がいて、その差は大きく離れているように思う。それこそ義務教育の時期にも『陰キャ・陽キャ』の括りはあったけれど、大人になって社会に出て30歳手前にもなると、世渡りが上手く出来なかった人間は絶望的に割りを食う。空白期間が長い人間が雇用され辛くなるように、この年になってもなおコミュケーションが取れない人、意思を伝えられない人……総じて『人からナメられやすい人』はあらゆる形で社会から抹殺されてしまう。たとえその裏にどんな理由が隠されていたとしても、である。

そしてその当人が明確なSOSを発せない場合、その答えはひとつで、それは『現状維持』しかない。事実Aさんは今でも黙々と仕事を続けていて、該当の人物からの説教は続いている。僕が様子を見に行くと気配を察してか、恫喝がピタリと止んでしまうのは策士だなあとも思うが、とにかく……。Aさんが一切の真相を話さず、その裏で不条理な目に遭っているのを見ていることしか出来ない現状は、前任者としても辛いものがある。人には前向きに生きる権利があるのだから、どうにかしてあげたい。ただ、そうして画策しながらも動かない毎日は、ある種のパワハラの加担にも繋がるのではと思ったりもする。

粗品 - サルバドルサーガ - YouTube

【ライブレポート】浜崎貴司 vs. 奥田民生 vs. 岸田繁(くるり)vs. トータス松本 vs. 山内総一郎(フジファブリック)・小泉今日子『浜崎貴司GACHIスペシャル in 国宝松江城2024』

一昨年に行われた伝説のアコースティックイベント『GACHIスペシャル』が帰ってきた!浜崎貴司(FLYING KIDS)が総指揮を取るこのイベントは、元々は『アーティスト同士がギター1本で対決する』をコンセプトに2008年から行われているもので、松江公演は一昨年に引き続き2度目。本来であれば松江城の特設ステージで開催されるはず……だったのだが、一昨年同様に強風と雨の影響で会場変更。今回は松江城から数キロ離れたくにびきメッセ大展示場での開催となった。ちなみに当日は朝から警報情報がテレビで流れる状況だったので、かなりの英断だったのではと思う。

今回緊急の会場に選ばれたくにびきメッセは、普段は就職活動や確定申告で使われる場所。そんな地元民でも年に1回来るかどうかの場所に集まる多くの人、人、人。聞けば約2000人以上が集まっていたらしく、早くも駐車場に車が入り切らないほどの密度である。さて肝心のライブはというと、高田リオンとアキムラヒロキ(homme)のオープニングアクト、そして松江市長による開会宣言が終わって13時半に開演。まずは今ライブの発起人である浜崎がステージに上がり、今回のライブがギター1本の弾き語りスタイルであること、また国宝の松江城を広める意味合いがあること、豪華メンバーが揃ったことを改めて説明。更に「変わりと言っては何ですがここに松江城があるので……」とステージ横の松江城のポスターと、ステージに置かれた松江城のミニ模型にも触れる浜崎である。

そして浜崎がプロレスラーの高田延彦よろしく「出てこいや!」とメンバーを紹介すると、袖から出てきたのは順に山内総一郎(フジファブリック)、岸田繁(くるり)、トータス松本(ウルフルズ)、奥田民生(UNICORN)!全員がキャリアとしても相当な長さの、日本ロックの最先端として活動し続けてきた顔ぶれに改めて驚愕。チケット価格としては1万円近いけれど、完全にお釣りが来るほどの豪華さである。ただ我々の興奮をよそに余裕綽々なメンバーは一言ずつ話ていくのだが、特に民生のリラックスぶりは凄まじく、いきなり「前回に引き続き会場が変わったということで、大惨事といいますか……。前にも出てたの俺だけなんですけど、責任押し付けようとしてない?」と噛みつく始末。ちなみにそうこう話している最中にもスタッフによってギターがセッティングされていて、いつしかステージ上には椅子5脚とギター5本が鎮座。演奏の準備が着々と進められた。

THE TIMERS - デイ・ドリーム・ビリーバー (Hammock Mix) - YouTube

いつまでも続けられそうなトークを浜崎が一旦切り、始まった1曲目はGACHIシリーズ恒例の“GACHIのテーマ”。この楽曲は《◯◯さん、△△はどうだい?》と次々にリレーし、最後に《君に聴かせたい歌がある》のサビに繋げていく短い楽曲で、メンバーは《岸田さん、調子はどうだい?》《民生さん、松江はどうだい?》とリズミカルなテンポでどんどん楽曲を形作っていく。続いては「他の人のカバーを。今ではコンビニのCMとしても知られております」と浜崎が語っての“デイ・ドリーム・ビリーバー”で、こちらも美しい歌唱でファンの手拍子を誘っていく。思えばこの楽曲は2年前のGACHIではアンコールで披露されていたもので、順番がガラッと入れ替わっていたのも嬉しいポイント。

フジファブリック 『LIFE (short version)』 - YouTube

ひとしきり盛り上がって浜崎が「トップバッターは山内総一郎!」と叫ぶと、山内が座っていた一番左手側の場所を残し、他の全員がステージを降りていく。唯一残った山内は「僕は普段フジファブリックというバンドをやっておりまして。島根には何度か来てるんですが、最後に来たのは本当に数年前で……。よろしくお願いします」と語り、オープナーはフジファブリックの“LIFE”。元々音数が多いこの曲がセットリストに入ったのは意外だったけれど、CD音源とは違って冒頭のメロをほぼアカペラで歌ったり、全体のBPMをかなり落として弾いていたのも印象深く、全く異なる弾き語りバージョンに昇華していたのは驚きだ。

山内はそもそも、弾き語りとしてひとりでプレイすることがほとんどないアーティスト。そのためセットリストについても想像のし甲斐があったように推察するが、実際は比較的新し目の楽曲で固める攻めの代物だった。これは旧曲を撤廃して再結成後の曲で固め、驚きの声に満ち溢れている現在開催中のUNICORN(奥田民生)のツアーにも言えることだが、完全に今のモードを確立していたのがこの日の山内。“若者のすべて”も“桜の季節”も廃し、結成20年を迎えたフジファブリックの強みを見せ付けた3曲だ。

山内総一郎 『白』 - YouTube

中でも感動的だったのが、唯一『山内総一郎』名義でリリースしている配信限定の“白”。この曲は「20周年を迎えたフジファブリックについて歌った曲」とMCで言っていたが実際は違って、十数年前のクリスマスにこの世を去ったフジファブリックの初代ボーカル・志村正彦について歌った楽曲である。だからこそこの時間はフジファブリックファンであればあるほど、感動の極みだったことだろう。《「ギターを弾いてほしいんです」 迎えてくれた言葉》、《天の定めとしても あまりに聞き分けの悪い》、《新しい歌のタイトル なあ つけてくれよ》……。その言葉の数々が心に刺さるし、だからこその今回の、未来に進む今のセットリストだったようにも思えてならない。

フジファブリック 『ブルー (short version)』 - YouTube

「フジファブリックで、あらきゆうこさんっていう島根のドラマーの方がサポートしてくれてて。で、先日メールで『松江をよろしくね』ってメールと蟹をいただいたんですけど、その日の対バンがSHISHAMOだったんですよ」という食べ物ボケのMCの後、最後の楽曲は“ブルー”。この『GACHIスペシャル』では決まってアーティストの最後の曲で浜崎が飛び入り。ギター&ボーカルでコラボする一幕があるのだが、今回もそれは顕在。Bメロを浜崎が補完する形で楽曲を終えた山内、先述の通りファン目線でもかなり攻めたセットリストだった印象だが、トップバッターとして今の自分が伝えたいこと、加えてフジファブリック20周年を祝う身としてどう組んでいくかを考えたレアなライブだったように思う。


続いてのライブは、くるりの岸田繁。くるりのライブも基本的にフワッとした雰囲気で進行する岸田、この日も開口一番「先ほど松江の市長さんや浜崎さんは『盛り上がっていくぞー!』とおっしゃっておられました。けれども私はこの通りマイペースな人間ですので。マイペースにやらせてもらいます。岸田繁でございます」と挨拶。1曲目に歌われたのはまさかの民謡“鹿児島おはら節”。どこまでも伸びていく歌声はまさしく古き良きそれで、一気に夏場の地方都市の祭りにおける一角のような、我々のおばあちゃんおじいちゃん世代の歌のような、フワリとした雰囲気で魅力していく。

鹿児島おはら節 - YouTube

正直、個人的にはこの日のアーティスト全てを深く知っていて、いろいろとライブも観てきたつもりではいたのだが、最も予想を良い意味で裏切ってきたのは岸田。事実代表曲の“ばらの花”や“東京”、その他様々な楽曲を全て廃してニューアルバム『感覚は道標』の曲さえも演奏しないという予測不能なセットリストが表していたように、演奏曲はファンなら知っている、けれどもファン以外は十中八九知らないレアな3曲で固められることとなった。「マイペースな人間ですので」と冒頭で語った岸田、あまりにもマイペース過ぎるなと思いつつ、そういえば「みんなが知ってる代表曲ばかりをやります!」と謳っていて結果マイナー曲だらけだった昨年の単独ライブもこうだったなと……。

くるり - 言葉はさんかく こころは四角 - YouTube

大の鉄道オタクとしても知られる岸田らしく、MCの大半はもうすぐ新しくなる出雲の電車について。「出雲の電車はけっこう揺れるって有名なんですけど、新しいやつは揺れが軽減されるみたいですよ」とウンチクを披露しつつ、この日は雨で乗れなかったことに後悔している様子も。そこから“言葉はさんかく こころは四角”へ続いていき、タイトルの通り『言葉と心』が新たなものを作り出す流れをゆったりと描いていく。くるりの楽曲は敢えて全てを言わない、含みのある着地をすることが多い。この楽曲も『言葉(△)と心(□)』が結果どうなっていくのかは最後まで語られないままだが、「その結末は人それぞれだよね」という岸田なりの優しさが溢れた楽曲のようにも感じた。

くるり - Baby I Love You | Live - YouTube

ここで浜崎がステージに現れ、次の楽曲の準備へ。そこで話されたのは岸田の車トークだ。どうやら岸田は出演陣のうち、最も早く2日前に島根に到着。車をレンタルして銭湯など様々な場所へ遊びに行ったのだそう。ただ実は岸田は少し前に、車の免許を人生で初めて取ったばかり。すると浜崎は「そう言えば免許センターで身バレしたんだって?」と語り、岸田が「そうなんすよ。最初は何もなかったんですけど、だんだん『くるりの岸田繁が免許取りに来てる!』と噂になりまして。僕の担当してくれてるドライバーの先生がいきなり優しくなりました。逆に厳しくなる人もおったんですけど、くるりのアンチだったんちゃうかな」と爆笑を掻っ攫っていく。ちなみに最後の楽曲は浜崎のリクエストで、こちらもレアな“Baby I Love You”。最後までしっとりと歌い上げた岸田は、余裕綽々でステージを降りていったのだった。

[What A] Wonderful World - YouTube

3人目のキーマンは、ご存知ウルフルズのフロントマン・トータス松本。しかし松本は“ワンダフル・ワールド”を終えると「俺、松江に来たら絶対にしたい話があってん。時間長くなるけどええ?」と、ここから長尺のトークを展開。話はウルフルズが“ガッツだぜ!!”で一斉を風靡した10数年前に遡る。当時はウルフルズの大規模な全国ツアーの最中であったが、目まぐるしい生活に松本は疲弊。ただどれだけ気分が落ち込んでいても明日にはライブ、また数日後にはライブが入っているサイクルは変わらない。そこで松本は「13時にホテルのロビーで集合で!」という約束の数時間前に宍道湖に行き、ひとり憂鬱な気持ちでコンビニのパンを食べていたという。

そこで出会ったのが、地元の船乗り。自身がウルフルズのボーカルであることを知って声をかけてきたその男性は、「待ち合わせまで時間あるなら乗りますか?」と厚意で船に乗せてくれたそうだ。そこで船の先頭に移動させられた松本は最初こそごわごわ。しかし次第にテンションが高まる感覚に陥って、「めちゃくちゃ最高っすね!もっと行きましょう!」と、当初の予定を大幅にオーバーして船を堪能。するとこれまでのネガティブな思いがスッと消え、また頑張る気持ちが沸いてきたのだという。松本は「あの時の松江の出来事がなかったら、ツアーは出来なかったと思う。だからこの松江には本当に感謝してるし、この話をどうしても言いたかった。まああの後『松本が帰ってこおへん!』って大騒ぎになって、ホテルでめちゃくちゃ怒られたけど。ええ笑い話やね」と回顧し、続く“笑えれば”へ。

ウルフルズ - 笑えれば - YouTube

正直な話をすると、ここまで山内と岸田はキラーチューンと呼ばれる楽曲を徹底的に廃していたために、少し緩やかなムードになっていた感がある。ただここにきて誰もが知る“笑えれば”のドロップは、前半のハイライト的な手拍子を生み出してくれた意味でも重要だったと思う。普遍的な日常の中で、少しの出来事が活力になる……。“笑えれば”で歌われていることは毎日の僅かな1ページだが、それが多くの人の心に刺さった結果、ここまでの名曲として知れ渡ったのだなあと。

ウルフルズ - バンザイ~好きでよかった~ - YouTube

「喋りすぎ?ほんまスマン!巻きで行こう巻きで」と持ち時間をオーバーしたことを謝罪、更には今回の出演が「俺その日スケジュール空いてるで」と浜崎との飲みの席で語ったことで実現したことなどを語りつつ、浜崎と共に最後に披露されたのは“バンザイ 〜好きでよかった〜”。まさしく往年の名曲であり、ウルフルズを当時のロック最前線に押し上げた契機でもあるこの曲を全員で大合唱する形で松本は出番を終えたけれど、一瞬にして盛り上げる様を見ていると本当に『歌の力』というか、我々が親しんできた曲が眼前で歌われる、それ自体の感動をしっかりと感じることが出来たように思う。

 

そして松本が退場すると、本日何度目かに現れた浜崎からお待ちかねの呼び込みが。「みんなキョンキョン観たいよね!それではお呼びしましょう。スペシャルゲスト・小泉今日子!」の声でゆっくり袖から現れたのは、小泉今日子その人。その瞬間に立ち上がる人、双眼鏡を取り出す人、歓声を挙げる人など様々だったが、全体として「もうこれ小泉今日子のワンマンショーでは?」と感じられる程の盛り上がり。ただ当人は至ってマイペースであり、浜崎と「浜ちゃんと私の付き合いって長いよね?」「実は明日から京都で黒猫同盟(上田ケンジとのユニット)のライブがあるんだけど、頑張れば何とかなるか、ってことで来ました!」とにこやかな笑顔で会場を掌握。筆者はまだ20代なので世代ではないまでも、周囲のファンがみな黄色い声を挙げていたので、それだけでとても嬉しい気持ちに。

小泉今日子 - あなたに会えてよかった (Official Video) - YouTube

「私だけ弾き語りじゃないんですけど……」と立ち上がってハンドマイク状態で始まった小泉の気になるセットリストは、ファン感涙もののベストセット。まずは浜崎と共に“あなたに会えてよかった”で当時出会ったファンの琴線に触れると、ドラマ主題歌としても広まった代表曲“優しい雨”へ。この楽曲は小泉が女優業と並行して活動していた時期のものでもあり、同じく俳優としての顔を持つ浜崎とのコラボは驚きもあった。ただ何より小泉のあの歌声が響いた瞬間、グッと心を掴まれる感覚があった。MCも含めて、本当に素の人間性が歌にも表れているタイプの人だなと。

小泉今日子 - 優しい雨 (Official Video) - YouTube

最後の楽曲は“月ひとしずく”。奥田民生と井上陽水が共作した楽曲ということもあり、ここで呼び込まれたのは奥田民生!民生は「一緒にライブやったことってないよね?」と小泉に語り、今回が長い活動歴の中で初めての生コラボであることを明言。結果としてふたりのギターの音色に小泉の歌が絶妙にマッチする、素晴らしい空間だったように思う。

 

小泉と浜崎が退場し、いつしかステージには民生ひとりに。するとおもむろにギターで浜崎の“風の吹き抜ける場所へ”を歌い始める。ただ浜崎と公私ともに仲の良い民生は「♪風の吹く場所……を目指すからこんなことになるんだよ!吹き抜けるんじゃないんだよ。吹いてんだよ!ここに向かって!」と強風で会場変更を余儀なくされた状況をイジりまくり。ふとステージの端に目を向けると出ていったはずの浜崎がステージをじーっと睨み付けており、民生は「いいからいいから……。もう出番終わったでしょうが」と掛け合う始末で、この緊張感のなさは流石である。

そして「UNICORNという私のバンドが今ツアー中でして。ドラムの川西ってのが広島の呉で暮らしてて。で、今日は来てくれるって話だったんですけど。道路に雪が積もって来られないらしく……」と説明し、1曲目は「そんな川西の作った曲を」とUNICORNの“ブルース”をプレイ。深夜営業のバーのようなドープな雰囲気を持った原曲とは違い、ギター1本で聴かせていくスタイルは新鮮だし、そもそもこの楽曲が披露されること自体が何年ぶりかのレベル。加えて、一定のリズムで歌われる“ブルース”は弾き語りとマッチしている感も。

ユニコーン 『アルカセ』Music Clip - YouTube

近日公開の映画主題歌“アルカセ”を演奏すると、早くも最後の楽曲へ。これまで通りラストは浜崎を迎えてのコラボなのだが、このときステージに立っているのは一昨年の松江のGACHIスペシャルで唯一共演していたふたり。……ということで必然、トークは会場移動に関して。まず浜崎はジャブとして「いやー今年もすみません皆さん」と語るも、民生は「あのさあ。多分桜の開花に合わせてこのスケジュールになってるんだと思うんだけど、俺この時期にやるのやめたほうがいいと思うよ」とブスリ。更には「天気悪くてさ、俺松江きたのに松江城観れてないんだけど」と語り、大きな爆笑に包まれる会場である。

奥田民生 - さすらい / THE FIRST TAKE - YouTube

ラストはここにきての“さすらい”。バラエティー番組の主題歌として、はたまたCMソングとして多くのリスナーに印象付けたこの曲を、今回はふたりの掛け合いで魅せていく形だ。Aメロは民生、Bメロは浜崎。サビは全員で大合唱とこの日一番とも言える一体感を生み出し、更に民生はサビ前に「松江ー!」と絶叫。そこから生まれたラスサビは、ほぼふたりが歌わずとも成立するファンの歌声で満ちていたのだから素晴らしい。トータスも小泉今日子もそうだったように、時代を彩った名曲はいつの時代も強いのだなと実感する一幕でもあった。

 

カーリングシトーンズ 「ソラーレ」 MV - YouTube

ここで浜崎のライブ……かと思いきや、浜崎と民生がそのまま待機しトータス松本が裏から登場。実質的なカーリングシトーンズ(奥田・浜崎・松本を含めたメンバーで結成されたバンド)状態になると、そこから始まったのは“なんでやねん”と題された新曲。ただ「本当にやるの……?」と松本が渋っていた通り、新曲と言ってもこの曲は楽屋で何となくおふざけでプレイしたものらしく、メロディはお笑い芸人・テツandトモの“なんでだろう”の丸パクリ。《なんでやね〜ん なんでやね〜ん/なんでやなんでやね〜ん》と始まり、以降は《カーリングシトーンズのアー写(アーティスト写真)が 俺だけ光当たってないのなんでやね〜ん》、《用意された靴の裏が 俺だけツルツルなのなんでやね〜ん》と自虐ネタを展開。よくよく考えれば、普段カバーはほとんどやらない松本。彼がこの日チョイスしたのがテツandトモ、というのも最高だ。

境界線 - YouTube

カーリングシトーンズ既存曲から“ソラーレ”を鳴らした後は、今回のライブの発起人である浜崎貴司の時間。最初に披露されたのは浜崎がフロントマンを務めるバンド・FLYING KIDSの“境界線”で、ゆったりと雰囲気を作り出していく。過去の挫折と将来的に得たものの対比をつまびらかにするこの楽曲は、歳を重ねたリスナーにこそ刺さるものがあると思っていて、個人的にも最初にこの曲と出会った高校生の頃と、今のアラサーになり社会に揉まれた今で大きく異なる印象を受けた次第だ。いわゆる『懐メロ』という括りでは表せない、その楽曲を知っている人間だからこそ得られる気付きである。

そんな彼のMCの大半は、今回のライブを応援してくれている島根県松江市について。ステージ上に並べられた松江城のミニチュア、ステージ後方のグッズ売り場、島根で活動するシンガーソングライター……。果ては会場変更となった中で懸命に動いてくれたスタッフなどなど、その大半に目線を移して感謝を伝えた浜崎。それはこれまでの活動歴において、ひとつのイベントがどれほどの労力をさいて行われるのかを分かった上でのスタンスのようにも思えた。

風の吹き抜ける場所へ~Growin'Up,Blowin'In The Wind~/フライングキッズ - YouTube

山下達郎のカバー曲である“SPARKLE”を挟み、最後の曲は“風の吹き抜ける場所へ”。民生はMCで「風の吹く場所を目指したら会場が変更になった」というトークで盛り上げてくれたが、逆に言えば浜崎が《風の吹き抜ける場所を目指し》てくれた結果、開催にこぎつけることが出来たのがこの日。小気味よいリズムの中、浜崎は「みんな歌える?」とラスサビをファンに委ねる仕草も見せ、一瞬で引き込んでいく力強ささえ感じた次第だ。終演時間の関係か持ち時間としては少な目だったが、ソウルフルな歌声でとことん魅せたライブは多くのファンに刺さったことだろう。

【公式】ザ・ハイロウズ「日曜日よりの使者」【アルバム『flip flop』(2001/1/24)収録】THE HIGH-LOWS / Nichiyoubiyori No Shisya - YouTube

浜崎のライブが終わると、ひとりひとりの呼び込みによって再び山内・岸田・松本・民生・浜崎が勢揃い。改めて今回のライブの大成功と、各々のGACHIへの思いを語ったところで、アンコールの楽曲として披露されたのはTHE HIGH-LOWSの“日曜日よりの使者”。この楽曲は一昨年も演奏されていたものだが、出だしの《このままいつか遠く〜》のくだりは松本が歌い、そこから全員がワンフレーズずつリレーしていく流れは新鮮。相席食堂好きとしては「民生の“さすらい”とこの曲でほぼOPだなあ……」などと思いつつ、素晴らしき時間は過ぎていく。

Gakuen Tengoku - YouTube

ここからは袖から再び小泉今日子が登場し、駄目押しの1曲として投下されたのはここで来たか!の“学園天国”。小泉今日子の出演が決まった際、多くのファンの脳裏をよぎったであろうこの曲。ただ「音数も多いしアコースティックではちょっと……」とセトリ入りの可能性も少なくなっていたところの投下なので、感動もひとしおだ。更にはサウンドについても4人が全員アコースティックギターながらそれぞれに役割分担がされており、再現不可能と思われていたサウンドを限りなくギターで再現しているのも◯。《Hey Hey Hey Hey Hey》の掛け合いもバッチリハマり、双方向的な楽しみで駆け抜けたのはやはり、この楽曲がどれほど多くの人に届けられていたかの証左だったように思う。

もう一度“GACHIのテーマ”を鳴らすと一旦ブレイクで、浜崎の口からとある出来事が語られた。それは昨年の11月に急逝したシンガーソングライター・KANとの一幕。浜崎は「とあるライブの帰り、僕はキャリーケースとかギターを押しながら空港に着いて。したらKANさんが偶然目の前にいたんですよ。『どこ言ってたの?』ってKANさんが言うから、僕はこう返したんです。『いろんな人とギター弾き語りをするGACHIってイベントで、次は島根でやるんです』って。KANさんは僕に『じゃあそのとき呼んでよ』って言ってくれて、そのまま。……だから、実はKANさんも本当はこのライブに呼ぶ予定だったんです」と語り、思いを滲ませる。……そう。毎年予想も出来ないアーティストが出演するこのイベント、思えば一昨年は吉井和哉や矢井田瞳といったそうそうたるメンバーが集結したけれども、本来であればKANがその枠のひとりに名を連ねる予定だったのだ。

Aiwa Katsu - YouTube

そうして最後の最後に披露されたのは、KANの“愛は勝つ”!《どんなに困難で くじけそうでも/信じることさ 必ず最後に愛は勝つ》。我々がずっと聴き続けてきた名曲はこの日、多くの思いを携えて響いていた感覚がある。……思えばここ数年、暗いニュースばかりだった。新型コロナの蔓延から、物価上昇、政治不信。更にはロシアがウクライナに侵攻する、想像してもいなかった事態まで発生。音楽的にもKANを含め多くのアーティストが亡くなったことも、重大な損失と言わざるを得ない。

そんな中で歌われたこの曲は、それぞれのファンの思いに応える最大の応援歌。これまでの生活を回顧するのは元より、今回のライブが開催されたこと自体が様々な困難を諦めなかった結果だと、この楽曲は改めて示してくれた。なお前回のラストナンバーは浜崎によるルイ・アームストロングの“すばらしき世界”の弾き語りだったのだけれど、どちらも日常的な希望を持たせる選曲……という意味でも、浜崎の優しい人間性が表れているように感じた次第だ。

この日のライブは、確かに会場変更を余儀なくされた緊急のものだった。そのため関係者の方々は本当に大変だったことと推察するが、地元民としてもここまでのビッグネームが顔を揃えるライブは本当に嬉しく、忘れられない音楽の1ページとして刻まれたことは間違いない。民生はああ言ってはいたけれど、またいつの日か同月開催でもって、野外ステージで桜を見ながら観る日を楽しみにしたいと思う。本当に素晴らしいアコースティックライブでした。

【GACHIスペシャル2024@くにびきメッセ セットリスト】
[全員]
GACHIのテーマ
デイ・ドリーム・ビリーバー(忌野清志郎カバー)

[山内総一郎]
LIFE

ブルー(feat. 浜崎貴司)

[岸田繁]
鹿児島おはら節
言葉はさんかく こころは四角
Baby I Love You(feat. 浜崎貴司)

[トータス松本]
ワンダフル・ワールド
笑えれば
バンザイ 〜好きでよかった〜(feat. 浜崎貴司)

[小泉今日子]
あなたに会えてよかった
優しい雨
月ひとしずく(feat. 奥田民生&浜崎貴司)

[奥田民生]
ブルース
アルカセ(新曲)
さすらい(feat. 浜崎貴司)

[カーリングシトーンズ(奥田&浜崎&トータス)]
なんでやねん(新曲。テツandトモのリズム)
ソラーレ

[浜崎貴司]
境界線
SPARKLE(山下達郎カバー)
風の吹き抜ける場所へ

[アンコール(全員)]
日曜日よりの使者(THE HIGH-LOWSカバー)
学園天国(feat. 小泉今日子)
GACHIのテーマ

[ダブルアンコール(全員)]
愛は勝つ(KANカバー)

【ライブレポート】ROTTENGRAFFTY・Crossfaith『25th Anniversary “Blown in the Reborn Tour”』@出雲APOLLO  

日本のライブシーンにおいて重要なバンドは数多くいるが、その中でもROTTENGRAFFTYの足跡はあまりに大きい……というのは、全ライブキッズに知られるところだ。京都大作戦を含む各種フェスにはすっかり常連、更には全国ツアーも毎年開催。気付けばフェスのバンドが発表された際、そこに『ロットンがいる』か『ロットンがいない』かさえ重要視するファンも多い、特別な存在となった。

そんなロットンが今回開催したのが、結成25周年を記念して企画された全国ツアー。メンバーのN∀OKIいわく今回の会場選びは「これまでお世話になった場所を巡るもの」との考えがあったらしく、この日の出雲APOLLOは自身がゲストで出演したり『BURST MAX』なるイベントで呼ばれていた中で、ぜひ自分たちのツアーで回りたいと選ばれた場所とのこと。その考えを見通してか、ライブ前には大勢のライブキッズが会場に集結。基本的に前後左右には短髪で軽装、暴れる準備万端な男性が大挙する、まるで着火前のダイナマイトがそこかしこに並べられているような異様な状況下であった。

開演は入場に思ったより時間がかかり、当初の予定から15分ほど遅れてスタート。なお1番手は海外の活躍も凄まじいCrossfaithで、個人的には今回のツアーの対バンとして最も驚いたのが彼らでもあった。というのも、Crossfaithと言えば単独でもソールドアウト間違い無しのデジタルロック立役者であり、彼らが東京ならまだしもこんな田舎の(地元民なので御愛嬌)小さなライブハウスに来てくれるとは、夢にも思っていなかったから。その期待に答えてか、SEの“Deus Ex Maciina”が鳴った瞬間に至るところから怒号にも似た歓声。更には背後からズガンと前に押し出されたことで、一瞬意識が遠のく盛り上がりを記録。思えばこの時点で、もうじき来るカオスは確約されていた訳である。

ステージ袖からKazuki(G)、Daiki(G)、Tatsuya(Dr)、Teru(Program.Vision)、Koie(Vo)が鬼気迫る表情で登場すると、体がグワッと押し出される。これまでもメンバー登場時に同様のことがあるのはライブの常だったが、この時はレベルが違う。言うなればその力というか、筋肉質なそれで強制的に押される感覚があったのは新鮮だった。気になる1曲目は“Catastrophe”で、壮大な幕開けから雪崩れ込んだデジタル&ラウドサウンドに、ファンはすぐさま大興奮だ。ただピラニアにエサ状態のグッチャグチャなフロアを観ながら、Koieは指をグルグル回しながらサークル形成を要求。しかも息をハアハア吐きながら楽しむファンに「誰が休んでいいなんて言ってん?」ニヤリと笑いながら焚き付け、1曲のうちに何度もサークル&モッシュを作ろうとする鬼畜ぶりに、もう盛り上がるしかない状況下にさせていたのはバンドの強みだなと。

Crossfaith - 'Catastrophe' - YouTube

今回のライブは前述の通り、ロットンの結成25周年を祝うもの。ただCrossfaith側も16年の長きに渡って活動を続けるバンドであり、バンドを続けることの難しさ、大切さを知っているはず。ゆえにこの日は結果としてCrossfaithの中でも2012年リリースの『ZION EP』からの楽曲が最も多い、原点回帰なセットリストとなった。更には水分補給さえ挟まず、シームレスに楽曲を投下していく流れは「マジで誰か死ぬんじゃないかこれ……?」と思うほどに激熱。ロックバンドのライブに様々な形はあれど、彼らは自分たちの熱量を強制的に伝播させて気分を持っていく、そんな魅力を携えていた。

Crossfaith - Monolith (Live at Resurrection Fest EG 2022) - YouTube

またMCでは、地方都市の小バコならではの言葉の数々が飛ぶ。まずは「ありがとう出雲……。ここ鳥取でしたっけ?あ、島根か」と一ボケかますと、「外はまだまだ寒いけど、めちゃくちゃ暑いやんけ!」と語ったKoie。そしてキリンビールのプルタブをプシュッと開けて一口飲んだかと思えば、すかさず「誰か飲みたい奴おるか?」と返し、ビールをそのままフロアに放り投げて次の曲へ以降。このポテンシャルの高さはどこから来ているのか。

以降もモッシュ&ダイブのみならずウォールオブデスをも要求する超加熱なステージに翻弄される我々。「地獄行き!」と絶叫して放たれた“Countdown To Hell”、ダブステップ的な電子音が炸裂する“Wildfire”など、多方向からこちらを容赦なくぶん殴ってくるような楽曲のオンパレードだ。中でも新曲として披露された“ZERO”はこれまでのCrossfaithをごった煮したようなサウンドが素晴らしく、音源では知り得なかった楽曲中の緩急や、グロウルさえも駆使するKoieのボーカルセンスにも気付かされる一幕だった。後半では上半身裸になったTeruの挙動もどんどん激しくなり、ほぼダブルボーカル状態になったり客席にダイブしたりとやりたい放題。もちろんそれを観る我々はまた興奮しっぱなし……という、見事な循環だ。

Crossfaith - 'Leviathan' (Live at BLARE FEST. 2020) - YouTube

そして「俺たちは来年2月、幕張メッセでキャリア最大のワンマンライブと主催のフェスをします。この場にいる全員、予定空けといてくれ!全員の顔覚えたからな!」とKoieが思いを伝えると、最後の曲は「松山ではやらんかったけど、今日はロットン先輩からリクエストされた曲を」と“Leviathan”をドロップ。最後の楽曲ということもあってか熱量が全く落ちないフロアも美しく、最後まで最高潮を極めつつ、出番を終えたCrossfaith。その後に残ったのはほぼ死屍累々、全てを出し切って放心状態となったオーディエンスばかりだったのは、ご想像の通りである。気付けばステージは全員の汗が蒸発してほとんど見えなくなっていて、個人的島根でライブを観るようになって長いが、正直ここまでの状態になるのは経験がないレベル。凄すぎた。

【Crossfaith@出雲APOLLO セットリスト】
Deus Ex Maciina(SE)
Catastrophe
Monolith
Jägerbomb
Kill 'Em Al
ZERO
Wildfire
Countdown To Hell
Leviathan

 

Crossfaithのライブを終えると肩で息をする者、急いで水分を補給する者、足の筋力がなくなってその場にへたり込む者……と、まるで焼け野原のようになったフロア。ただこの後に待ち受けているのはライブ界のラスボス・ROTTENGRAFFTY。すっかり疲弊したファンも何とかこの時間に立て直しを図ろうと頑張っているのが微笑ましい。ただこの熱気で機材がトラブったのか、その後のサウンドチェックは大いに難航。時間にして15分〜20分の待機の後、ようやくその時間は訪れたのだった。

切り札 - YouTube

お馴染みのSEが流れる会場に飛び込んできたのは、KAZUOMI(G.Prog)、MASAHIKO(G)、侑威地(B)、HIROSHI(Dr)。そして遅れてN∀OKI(Vo.Harp)、NOBUYA(Vo)のふたりのフロントマンである。もちろん先ほどまでのCrossfaithのライブで半死人だったキッズたちの目にも一瞬で光が灯り、前へ前へと移動する人多数。気になる1曲目はなんと2001年発売のファーストミニアルバム『RADICAL PEACE × RADICAL GENOCIDE』から“切り札”!これまでのライブでは披露されることのほとんどなかったレア曲からのスタートに、序盤から早くもダイバーが出現する盛り上がり。始まりとしては完璧である。

先述の通りROTTENGRAFFTYと言えば、今やライブシーンの中心で活動するバンド。そのためセットリストにも「これは必ずやるだろうな」と思われる楽曲もほぼ固定化されつつあるのだが、この日のライブはかなり攻めていた。具体的には『RADICAL PEACE × RADICAL GENOCIDE』を含め、セカンドミニアルバムの『GRIND VIBES』などレア曲てんこ盛りのセットリスト。“8”や“ケミカル犬”、“更生”といったこれまで外されていた人気曲が再びライブで聴ける喜びにも気付かされたし、後半にかけては往年のキラーチューンで畳み掛けるという、素晴らしい一夜だった。

8 - YouTube

前半部は、特に初期曲を連打するモード。オートチューンがかったふたりの掛け合いと、暴力的なまでのバンドサウンドで会場は興奮の渦だ。長らく活動を続けてきた彼らは今でこそ“D.A.N.C.E.”や“金色グラフティー”といったパンクラウドのイメージが強いけれど、過去の楽曲はどちらかと言えばストレートなロック曲が多く、そこから変化を繰り返して今のスタイルを確立したバンド。その変化を辿っていく意味でも『古いロットンから今に近付いていく』というセットリストには意味を感じずにはいられなかったし、同時に25周年の重みが伝わったりも。

ROTTENGRAFFTY - D.A.N.C.E.(OFFICIAL VIDEO) - YouTube

一転MCになると、爆笑必至の流れで笑わせてくれるのだからニクい。今回会場に選ばれた出雲APOLLOは駅から遠く離れており、夜になると交通機関が完全になくなる。そのため遠征民は駅から徒歩40分以上かけて歩くことを半強制される場所でもあるのだが、ロットンメンバーはライブ前日の深夜近くに出雲に到着。他のメンバーはすぐホテルで休んだものの、NOBUYAだけはライブハウスの下見を兼ねて駅からずっと歩いてみたという。ただ歩けど歩けど飲食店すら見付からず、ひたすら消耗。そこで腹も減っていたNOBUYAは唯一営業していた居酒屋に入り、島根っぽいもの(魚介類)を食べたり、疲れからか酒を2杯飲んだり(注:NOBUYAは下戸です)、計5000円も使ったそう。店の明かりすらない駅周辺を指して「マジでゾンビが出てくるかと思った」と語るNOBUYAに、「商店街もっと盛り上げて行こうぜ!神々が集まる場所なんやろここは!」とツッコむN∀OKIである。

なおこのMCでは「これはSNSには絶対に呟かんとってほしい。俺エゴサして全部見張ってるから」と、本邦初公開の情報も語られることとなった。おそらくこの情報はいつか公にされることなので詳しくは言えないけれど、ファンであれば必ず衝撃を受ける代物だ。詳しくはまた後日アナウンスを待つ形になるが、こうした発表も地方のライブハウスの特権なのかなあとも思った次第だ。

ROTTENGRAFFTY "This World" - YouTube

中盤からは、誰もが待ち望んでいた楽曲のオンパレード。特筆すべきは代表曲たる“D.A.N.C.E.”→“This World”のどしゃめしゃの流れで、これまでも思いも込みで、イントロが鳴った瞬間に前方に突き進む人多数。まずは“D.A.N.C.E.”でディスコモード。サビで踊り狂い、レスポンスもバッチリ決めるこれまでの25年間で培ってきたファンとの関係性が光る。続く“This World”では終盤にNOBUYAとN∀OKIが客席にダイブし、NOBUYAはそのままリフトされながらフロア最高方まで移動。そして上部のミラーボールを支えにして立ち上がると、必死の形相で熱唱する姿に思わずウルッと。筆者は偶然その目の前……つまりはフロアの一番後ろで見ていたのだが、NOBUYAが一際「ウオー!」と叫んでいた一番後ろの誰かを指指しながら歌っていて、ふと後ろを見るとPA宅で盛り上がっていたのは普段着で佇むCrossfaithのメンバーたち。最後に「俺たちが最強のロックバンド、ROTTENGRAFFTYです!」と叫んで運ばれていったNOBUYA、とてつもなく格好良かった。

「俺たちは25年間、何も変わらずにやってきました。ここに剣があったとして、その先端は時代と共に変化していきます。バンドもそうで、売れる音楽売れない音楽、どうやったら流行るのか……。俺たちが持ってきた剣の先にあるものは変わっていくけど、その根本の部分は変わらない。どんなことがあっても続けていく大切さ。俺たちはそれを25年かけて証明しました」。N∀OKIはMCでこう語り、改めてバンドの素晴らしさを力説してくれた。そして「お前らも一生、輝き狂え!」と叫んで始まったのは、我々が一番聴きたかったあの曲。

金色グラフティー / ROTTENGRAFFTY - YouTube

そして《夕焼け空に浮かぶ金化粧》とアカペラで歌われた瞬間、全員の点と点が線になった。「“金色グラフティー”だ!」と理解したファンから次々と肩車状態になり、その人数は10人規模に。ステージは肩車されたファンでほぼ見えない状態と化し、次なる爆発への期待を生んでいく。しかもN∀OKIは「足が動かんくなってもええやろ!明日のことなんか考えんな、お前らは今この瞬間に生きてるんや!これまでダイブしたことないやつも、今しかないんやぞ!」と絶叫したことで、更に多くのファンが呼応。事実ステージの後方で観ていたファンは、その言葉を受けて猛ダッシュで前へ走っていったほど。

そうして始まった“金色グラフティー”は、もちろん尋常ならざる盛り上がりを記録。フロアのそこかしこでモッシュ&ダイブが発生した他、拳を天に突き上げて熱唱するファンも多数見られた。これまでロットンのライブでは必ずセットリストに入るキラーチューンとはいえ、思えば『全員が歌詞を歌える状態』になっていること、加えて『盛り上がり方を熟知している』こと自体が、彼らの25年間の歩みを体現しているようでもあった。また最後の楽曲の“秋桜”で一気に駆け抜けてシメるのも彼ららしく、総じて出し惜しみなしで全部叩き付ける、猪突猛進的な勢いが光った一幕だった。

毒学PO.P革新犯 - YouTube

暗転後、長らく続いた「ロットン!」→「グラフティー!」のリズミカルなアンコールに答えてステージに舞い戻った彼ら。袖から現れたメンバーはそれぞれ軽装で、これまで黒く長い衣装を身に纏っていたNOBUYAに至ってはCrossfaithのTシャツを着用。後輩へのリスペクトを見せていたのも感動的だ。アンコール1曲目は“暁アイデンティティ”と名付けられた新曲で、激しさとメッセージ性が同化した今のロットンという印象。どうやら今回のツアーでは毎回披露されている楽曲らしく、音源化も間近。ファンは座して待とう。

ROTTENGRAFFTY「響く都 (LIVE in 東寺 2019/12/14)」 - YouTube

アンコール2曲目の“毒学PO.P革新犯”で倍返しの興奮へと導きつつ、最後の楽曲はここぞの“響く都”。この日のMCでも何度か「京都のROTTENGRAFFTYです!」と叫んでいたように、京都で音楽を鳴らすことの意義を改めて示したこの楽曲は、当然最後の最後まで一滴残さず汗を絞り出す形で鳴り響く。腕をグングン挙げようとするふたりのボーカルの姿はもちろん、N∀OKIの「ROTTENGRAFFTYは好きですかー!」の叫びも最高だ。最後は「Crossfaithありがとう!出雲APOLLOありがとう!何より集まってくれたお前らにありがとう!」と感謝を伝えて終幕したライブは、どれだけ多くの人を救ったのだろうか。

これまで同様、彼らにとってはこの日のライブも活動の1ページにあたる。ただそうした1ページ1ページの繰り返しがここまでの圧倒的な集客を生んだのは言うまでもないし、25年が経った今も最前線で走り続けられている理由だとも思う。……完全無敵なロックバンド・ROTTENGRAFFTY。25周年を迎えた彼らがどのような活動をしていくのか現段階では不明だが、断言してもいい。その答えは『これまでと変わらない』というライブ行脚を続けることであると。

【ROTTENGRAFFTY@出雲APOLLO セットリスト】
切り札
暴イズDE∀D
8
あ・うん
SPECTACLE
ハレルヤ
D.A.N.C.E.
This World
Blown in the Reborn(新曲)
更生
ケミカル犬
金色グラフティー
秋桜

[アンコール]
暁アイデンティティ(新曲)
毒学PO.P革新犯
響く都

【ライブレポート】Dragon Ash『LIVE HOUSE TOUR ”VOX in DA BOX”』@米子laughs

そう言えば、と会場に向かう途中ふと考える。何故なら10-FEETやヤバTなどライブハウスを主戦場とするバンドは数あれど、本来そこに常に名前が挙がるはずのDragon Ashの全国ツアーは、随分久方ぶりの参加のように思えたからである。実際それは事実で、ロングランなツアーはなんと4年ぶり。また今回『LIVE HOUSE TOUR ”VOX in DA BOX”』とタイトルが付けられた理由も、Dragon AshのホームであるライブハウスでVOX(ラテン語で声)を響かせて欲しいという意味を込めた意義深いものであると知り、妙に納得した次第である。

雨の降りしきるライブハウスの外には、ソールドアウト公演ということもあり大勢のファンが待機。中には「今から暴れるぞ!」との思考の体現か、既に半袖の薄着かつ傘を差していないファンもチラホラ見られ、漏れ聞いた話からは他県から来た人も非常に多い印象だ。中に入るとそこは異様な熱気に包まれていた他、Dragon Ashらしい試みとしてイヤーマフの配布、先日からライブハウス界隈で話題になっていた痴漢行為撲滅の貼り紙、更には能登半島地震の募金箱までもが設置されていて、改めて彼らの「他者を思いやって楽しもう」のスタンスを感じられて嬉しくなったりも。

Dragon Ash - Entertain - YouTube

予想外の客入りだったのか、スタッフからの「まだお客様が入られますので前に詰めてくださーい!」の誘導によりライブは10分遅れでスタート。壮大なSEでグッと前に進み出るファンの流れに圧倒されていると、袖から桜井誠(Dr)、BOTS(DJ)、HIROKI(G)、お馴染みのサポートメンバーのT$UYO$HI(B)、そしてフロントマンであるKj(Vo.G)が登場。オープナーは一昨年にリリースされた“Entertain”で、ゆったりかつ感動的なサウンドで早くも会場を魅力していく。中でも印象深く映ったのはKjの歌唱で、あの音楽の中心を射抜くようなボーカルでもって《束の間の快楽 明日からのガイダンス/嫌なもんを掻き消すほどの喜怒哀楽》と歌われた瞬間には、このライブが我々にとって会社・学校といったものからの現実逃避の象徴である、という意味合いを伝えられたような気さえした。……最後にニヤリと笑いながらピースサインを放ったKj、ここからがライブのスタートである。

今回のライブはリリースツアーではない関係上、セットリストの予測が困難なものでもあった。では結果はどうだったのかと言えば、その答えはライブタイトルにあり。……つまりはライブハウスを元通りにするような、誰もが歌って騒いで楽しめる楽曲の乱打戦となった。これはコロナ禍の3年間で思うような活動が出来なかった彼らなりの、意思表明に近いものがあったように思う。またこの全国ツアーではメンバーたちが立つ少し前方向に大掛かりな照明セットが配置されていたのも大きな特徴で、アリーナライブを彷彿とさせる青色のレーザービームが楽曲に合わせて上下から放射。楽曲のスパイスとして上手く機能していたことも特筆しておきたい。

Dragon Ash「光りの街」 - YouTube

Dragon Ashの単独は、基本的にシームレス。ゆえにこの日も水分補給やチューニングはほぼなしで突っ走った形で、以降も“House of Velocity”や“Fly Over feat. T$UYO$HI”といった楽曲でヘドバンの嵐を作り出していくDAである。かと思えば要所要所に“Ode to Joy”や“光りの街”といったグッと来る楽曲を挟み込むので油断出来ないのもニクい。前半で特に感動的だったのは昨年リリースの“VOX”で、幾度もファンにレスポンスを委ねた後に歌われる《その声こそ 僕らが音を鳴らす理由自体なんだ》とする一幕は、我々だけではなく彼らもライブに賭けているリアルを強く感じさせてくれた。

“光りの街”を終えると、Kjは「この外に一歩出たら、いろんな辛いことが今も起こってる。でもライブハウスの中のこの2時間弱くらいは、全部忘れて好きに楽しんでくれ!」と語ってくれた。そのMCには彼らなりのライブハウスへの愛情を感じられて心底ウルッと来たのだけれど、そこからはニヤリと笑顔を浮かべながら「俺らみたいなライブやってっとさ、誰かがダイブしてきてマイクにぶつかって、歌えなくなったりするんだよ。……俺たちはそういうの大歓迎です!全部ぶつけてこい!」と次なる行動を扇動。耳が痛いほどの共鳴の声が響いたところで、次なる楽曲は爆裂ロックの“ROCKET DIVE”だ。

hide with Spread Beaver - ROCKET DIVE - YouTube

この楽曲は元々hide(X JAPAN)の生前にリリースされたものだが、Dragon Ashがトリビュートアルバムでカバーしたことで正式にライブで披露されるようになった特殊なもの。結果としては先のKjの一言も作用してか、まさしくロックな音に背中を押されてダイバーが続出する状況となり、一気にここから暑さも急上昇。ダイブするファンを「よくやった!」と称賛するようにKjもダイバーに拳を突き出していて、激しいサウンドも相まってどんどん熱量を高めていくフロアである。しかしながらKjはまだ満足していない様子で、ラスサビ前には「もっと来い!」と焚き付け焚き付け。それに呼応するように更にダイバーが増えていったのは言うまでもないだろう。

後のMCでは桜井が「米子に着いた時は、まだ所々に雪があって。外も寒いしどんなライブになるかなと思ってたけど、めちゃくちゃ暑くて最高です!」と語ると、「前半に飛ばし過ぎたので、後半は少しゆったりした曲もやろうかと。まだまだ良い曲がたくさんあるので」と、以降は比較的ミドルテンポな楽曲が多数ドロップされる時間帯に。……思えばDAは激しい楽曲と同程度、ミドルテンポな楽曲をリリースしてきたバンド。そしてそれら全てには明確なメッセージが込められていて、『俺が求めている場所はここじゃない』と感じながら繰り返しの日々に邁進する“朝凪Revival”、イエスマンな精神に再度問い掛ける“Neverland”、そして“陽はまたのぼりくりかえす”では辛い出来事があってもいつか好転する前向きさを説くことで、言うなれば楽曲を通じての『ネガティブなポジティブさ』を我々に伝えてくれた。

Dragon Ash「百合の咲く場所で (Live) -2014.5.31 NIPPON BUDOKAN-」 - YouTube

そのミドルテンポな雰囲気が一変したのは、やはり代表曲。その幕開けは夏フェスでも幾度も演奏されていたキラーチューン“百合の咲く場所で”で、あの独特のイントロが流れ出した瞬間、背後からドドドドっと押し寄せるファンもいた程である。ただこの楽曲の構成的には音楽シーン全体として見ても緩急が明確に付けられた異質なで、Aメロではゆったり、Bメロでも同様に続いた果てにサビで一気に爆発、しかし以降は再度ゆったりしたモードで一旦フラットに戻る……というもの。そんな“百合の咲く場所で”だが、ここでは状況が全く違っている。それは『この場に集まっている人は全員がDAのファン』という事実からで、来たる爆発に備えて全員が待機する様は、本当に精錬された戦士のような感覚すら覚える。そして待ち望んだサビでは言わばピラニアにエサ状態で、体当たりやダイブで半無法地帯に。それを完全に分かっているKjも客席にしきりに睨みつけながらピースサインを投げかけたりもしていて、何というか「ああ、DAのライブだわ……」と思ったり。

Dragon Ash「Fantasista (Live) -2002.11.24 Tokyo Bay NK Hall-」 - YouTube

ただ我々としても予想外だったのは、この後に披露されたのが“Fantasista”だったこと。言うまでもなくこの楽曲は誰もが待ち望んだ楽曲だった訳だが、ここで“Fantasistaが鳴らされたこと、それは”彼らの復活の狼煙でもあった。というのも、この楽曲は大方のファンがDAと出会ったきっかけ、かつインタビューでも「“Fantasista”をやらなかったライブはこれまで一度もない」と過去語られていたにも関わらず、コロナ禍では意図的にセットリストから外された楽曲だったからだ。もちろんその理由は“Fantasista”がファンとのレスポンスとモッシュ&ダイブを前提とした盛り上がり(コロナ禍ではソーシャルディスタンスでそれらの行動が全てNGとされた)であることからだが、それでも。彼らはいつしか『“Fantasista”をやらないのがコロナ禍のライブ』とし、極力セットリスト入りを封印することをバンドのルールと化した。……そう。いつか来るであろう、またライブハウスが元通りになるその日が来るまで。

そこで、この日のライブである。これまでの3年間を帳消しにするように、Kjは「セイ!ウォー?」「ラウダー!」と何度もファンを煽り、サビ前では「腹の底から声上げろーい!」「飛び跳ねろーい!」と絶叫。それはこれまでコロナ前に何度も観てきた光景そのままで、個人的にはこの日一番涙腺を刺激された一幕でもあった。当の本人であるKjも眼前で繰り広げられる熱狂に耐えきれなくなったのか、ラスサビでは自分もダイブ!Kjが握っていたマイクが宙を舞う中、残りの歌詞をファンが熱唱してやり切る信頼感のあるワンシーンを経て、そこかしこで荒い息遣いが響く幕切れとなった。

Dragon Ash / 「New Era」 - YouTube

荒々しくも美しい“New Era”を終えると、Kjによる最後のMCに。「よく売れないロックバンドがライブのMCで言うんだよ。『夢は叶うよ』とか『ひとりじゃないよ』とか『大好きだよ』とかさ。あれ全部比喩だから。ライブに来ても夢が実現する訳じゃないし、友達は増えねえし、誰かに振り向いてもらえる訳じゃない。……でも俺はライブハウスだけは、喜怒哀楽を全部出していい場所だと思ってんだ。実際俺は25年もバンドやってっけどさ、怒られたことねえもん。人に迷惑かける行為以外は、ライブハウスではダセエ姿も全部見せて良いんだよ。お前ら明日も仕事だろ?んで辛いことがあったら、またこの場所で会おうや。カッコいい大人になろうぜ」。口角を上げてのピースサインをバックに彼が語ったのは、全てのライブキッズに希望を与える彼らしいもの。その言葉にどれだけの人が感銘を受けたのかは分からないけれど、彼がライブハウスを愛しているという事実は、何よりも雄弁に伝わったように思う。

Dragon Ash / DRAGONASH LIVE TOUR 「UNITED FRONT 2020」 2020.12.29 @Zepp Haneda (TOKYO) digest video - YouTube

そして「変なダンスでも何でもいいよ。俺をサンドバッグにしてくれていい。お前の喜怒哀楽を見せてくれ!」と絶叫して鳴らされた最後の楽曲は“A Hundred Emotions”。DAのライブでいつしかラストに鳴らされることが多くなった、音楽の愛に溢れたメッセージソングだ。フロアにはヘドバンをしながら前方に向かう人、ビールを掲げて踊る人、両手を挙げて興奮を体現する人など様々なファンで溢れ、美しい雰囲気でもって《音楽は鳴り止まない 感情はやり場がない/日々を音楽が助け出すように 君の感情が溢れ出すように》の歌詞が響き渡る様は、とても感動的だった。キラキラとしたアウトロに包まれる中、Kjは「ロックのように自由!Dragon Ashでした!」と叫び、本編は終了。そこには異様な熱量と、満足度だけが残された。

暗転した会場に“Viva la revolution”のイントロをファンが「ビラ!ビラ!」→「ラレボリューション!」で歌い継ぐ形で再び呼び込まれたアンコール。ここではまず今ツアーで恒例となった写真撮影を挟みつつ、メンバーそれぞれのコメントで時間をつなぐDAである。なお地元民からしてもこの場所は地理的にもなかなかバンドがツアーで訪れない場所だけれど、気付けばステージ上にはファンの汗が上って霧になっている。如何にこの日集まったファンの熱量が高かったのかを物語っているように見えた。

Dragon Ash「Walk with Dreams」 - YouTube

DAのアンコールは基本的には決められておらず、その時々の雰囲気で大きく変化することでも知られる。この日のアンコールで最初に演奏されたのは極めて珍しい“Walk with Dreams”で、ミドルテンポなサウンドにゆらゆら揺れる会場だ。そして最後に披露されたのは“運命共同体”!船乗りと船がニコイチの信頼関係で繋がっている……という話はその仕事をしている人にとっては広く知られているが、この楽曲では航海を日々の生活と照らし合わせ、自身の心を再度向き合わせる楽曲として描かれている。Kjはハンドマイクで客席を扇動するように動きつつ、楽曲の後半では「最後は踊って終わろうぜ!」と叫んでモッシュを生み出しており、この“運命共同体”はライブハウスとDA、また音楽と我々ファンを照らしているようにも思えた次第だ。

Dragon Ash「運命共同体」 - YouTube

時間にして約1時間半、熱狂的な盛り上がりとなった今回のライブは先んじて記した通り、彼らの信念を明確に見せるものでもあった。それはつまるところ『ライブハウスへの思い』。これまで3年間に渡りメディアで「不要不急のもの」と吹聴され続け、様々な制約を課せられたライブハウスが矢面に立たされたことは疑いようのない事実だ。……けれどもそれが今になって存在肯定が成されたことで、DAは表立って「ライブハウスって俺ら的にはめちゃくちゃ必要じゃね?」と発することが可能になった。だからこそのライブハウスツアー、だからこそのセットリストがこの一夜だったのだ。

それはこれまで“Fantasista”や“百合の咲く場所で”といった代表的なライブアンセムをコロナ禍で披露しなかった彼らにとっても、まさしく「やっとライブハウスが戻ってきた!」と思えるものだったはず。我々がこの日感じた楽しさと嬉しさは、また次のライブにも繋がっていくに違いない。……DAの楽曲の名前を借りれば、“陽はまたのぼりくりかえす”。あの地獄の自粛生活を3年後しにライブハウスでリベンジさせてくれたのは、紛れもなく今回のライブだった。

【Dragon Ash@米子 セットリスト】
Entertain
House of Velocity
Fly Over feat. T$UYO$HI
Ode to Joy
VOX
光りの街
ROCKET DIVE(hide with Spread Beaverカバー)
The Show Must Go On
朝凪Revival
Neverland
陽はまたのぼりくりかえす
ECONOMY CLASS
百合の咲く場所で
Fantasista
New Era
A Hundred Emotions

[アンコール]
Walk with Dreams
運命共同体

【ライブレポート】ツユ『LIVE TOUR 2024 革命前線 -Downer Night-』@BLUE LIVE 広島

完全燃焼。今回のライブを一言で表すとすれば、この言葉しかあり得ない。……そもそもこの日集まったファンも、おそらくは誰も思っていなかったはずだ。演奏曲が1時間半ジャストでなんと28曲、美麗な紗幕もMCも、水分補給やチューニングの時間すらも徹底的に廃され、更には様々なハプニングで一時ライブ続行不可能になるなどあまりに自傷的、かつ伝説的なものになろうとは……。

今回のツユのライブレポを記す前に、まずは現状のツユがどのような環境に置かれているか、というのを知っておく必要がある。そもそもツユの全国ツアー『革命前線』は元々、毎年恒例のライブの一環として計画されていた。しかしバンドの発起人であり全ての作詞作曲を務めるぷすが、ある日突如としてX(旧ツイッター)にて今ツアーをもってツユを活動休止、最悪の場合は解散するかもしれないと示唆。その他の過激な言動も相まってぷすはネット上で多くの批判に晒されることとなった訳だが、とにかく。結果として今回のツアーは、当初の予定にはなかった多くの意味を宿したものとなった。

広島ライブの開演時間は今ツアーでは最も早い17時。それに合わせる形で会場に到着すると、そこには大勢のファンが。見たところ年齢層は10〜20代が圧倒的に多く、男女の比率は少しばかり女性が多めな印象だ。中には全身を缶バッジや特別グッズでデコレーションしたファンも見受けられ、一般的なペンライトの他ツユのアーティスト写真を模したペンライトを持っている人も多数。物販はこの時点で売り切れになっているものもあり、期待値と人気の高さを改めて感じたりも。また場内はスタンディングではなくパイプ椅子が並べられた作りになっていて、整理番号の早い人から自由に座席を選べるシステムである。

ステージ関係については、大きく2つのポイントが目を引く。まずはツユのライブでは定番となっていた紗幕やモニターが全くなかった点。それこそ2年前はMVを背後に投影しながらライブを行っていたのを記憶していたが、この時点で今回のライブではMVを使わないストロングスタイルの夜であることが分かる。もうひとつはステージに置かれた『△□』の形の巨大電飾で、これもツユのライブとしては初。この電飾は結論として赤や青、黄色といった色に場面場面で変化するようセッティングされており、ファンがペンライトの色をどのように変化させるべきか、その視覚的な判断材料となっていた。

定刻になると非常にゆっくりとしたペースで照明が落ち、ステージ袖からアベノブユキ(B)、あすきー(G)、ゆーまお(Dr。ヒトリエ)、miro(Key)、そして少し遅れる形でぷす(G)、礼衣(Vo)が現れると、多くの拍手が鳴り響く。なお礼衣とぷすは公には素顔が非公開とされているものの、表情はバッチリ見えるライブ然とした形であり、全員が全身を黒でコーディネート。今回のサブタイトルが『Downer Night(シリアスな夜)』であることも相まって、ファンからの拍手も上がれどどこか暗い雰囲気を察して、パラパラとしたものになっていたのも印象的だ。

ツユ - やっぱり雨は降るんだね MV - YouTube

リリースツアーではないので、今回のライブはセットリストが予想不可。そのため「何が1曲目に来るんだ……」と想像を巡らせていた人は少なくないと推察するが、オープナーはファーストアルバムから彼らの名前を広める契機となった“やっぱり雨は降るんだね”。これまでのライブでは盛り上げる観点から後半にかけて演奏されることの多かったこの楽曲。それが初っ端にドロップされた時点で驚きだったが、ぷすのギターの音量のデカさ、礼衣の歌声が突き抜けて聴こえて来る感覚から驚きはすぐさま喜びへと変化。1曲目にしてペンライトが揺れるアットホームな空間を作り出していた。

“やぱ雨”の余韻が残る中、そこからは“風薫る空の下”、“アサガオの散る頃に”、“くらべられっ子”といった代表曲を休憩なしで連発。ここまではまるでツユの最初に行われた東京ライブの再現のようなセットリストのため「あの曲が聴けた!」との興奮もあったのだが、実は先述の通り今回のライブは攻め過ぎた結果、前代未聞の酸欠セトリ。前半はまだその序章に過ぎなかったことは特筆すべきだろう。

ツユ - アサガオの散る頃に MV - YouTube

そう。この日のライブは言わば全キャリア網羅。具体的には『やっぱり雨は降るんだね』→『貴方を不幸に誘いますね』→『アンダーメンタリティ』の過去リリースされた3枚のアルバムの中から、比較的有名な楽曲をリリース順に並べて叩き付ける、あまりに壮絶なものだったのだ。もちろん有名な曲ということは、その全てはハードな演奏と歌唱を要求されるファストチューンであり、休憩は一切なし。この疲労度と難易度たるや……。正直なところ、ぷすがXで活動休止と解散を仄めかした際には「多分嘘かな」と思っていた部分があった。しかし今回の明確に過去から現在までをノンストップで遡っていく流れは「あっ、これマジで解散するかも」と感じさせる危機的な何かも孕んでいたように思う。

そして今回のライブで最もハードな役割を果たしていたのは、ボーカルである礼衣だ。元々ツユの楽曲は強弱が著しいスピードで入れ替わり、呼吸をする場面すらほとんどない。そのためずっと高音で歌い続ける状態になるのが礼衣なのだが、これが休憩なしで延々続いていく鬼畜仕様には呆然とする他なく、楽曲の合間合間の数秒間に水をストローで一瞬飲む程度の時間しか与えられないまま歌い続ける礼衣を見ていると、まるでスポ根漫画の短距離走というか、「あと1周!」と叫び続けるツユという大きな存在の下で汗だくで走り続けているような、そんな有無を言わせない限界突破の感があった。

ツユ - 太陽になれるかな MV - YouTube

ただ、その過酷な歌唱が礼衣の声を疲弊させていたのも事実。“ロックな君とはお別れだ”あたりで少し声が切れる場面があり、続く“太陽になれるかな”が終わった瞬間、それは起こった。礼衣は「こんばんはツユです。広島……あ、泣きそう……」と言いかけたあたりで突如うずくまり、全ての演奏がストップ。当初こそ感情を押し留めていた礼衣だったが、堰を切ったように流れる涙には勝てず、しまいにはぷすへマイクを渡してステージ裏へとハケていく。それを見たぷすは「本当は俺が喋る流れじゃなかったんだけど……」と困惑しつつ、どうやら礼衣が数日前から喉の不調に悩まされていたこと(後に声帯出血を伴う声帯炎と判明)、礼衣自身がとてもストイックな性格で、歌に関しては一切の妥協が出来ないタイプであると説明。ただ数分経っても戻らない状況の中、ぷすはアドリブトークで何とか持ちこたえようとするも「俺がたくさん喋ると『ぷす炎上したのに元気じゃん』って絶対思われるからこれ!」と笑いを誘っていく。

そこから数分後に戻ってきた礼衣は顔に黒いハンカチを当てた状態で、涙を見せないように現状を説明。その声は先程までの綺麗な歌声とは打って変わってほぼ潰れており、礼衣は「ツユ、口パクじゃないんです……」と気丈に振る舞いつつ、涙を流しながらも「今まで以上に頑張って歌います」とライブを続けることを決意。ぷすは「今までこういうことがなかった訳じゃないけど、ここまでになるのは初めてだよね。プレッシャーなのかな。だからみんな応援してください!」とファンに応援を呼び掛け、礼衣の体調を見ながらこのままライブを続行することに。

ツユ LIVE『貴方を不幸に誘いますね』 - YouTube

この一連の出来事があったためか、ここからのライブは明確にファンとツユとの一体感で駆け抜けていった印象が強い。というのも、ここからはツユ屈指の歌唱難易度を誇るセカンドアルバム『貴方を不幸に誘いますね』のゾーン。喉の高音と低音の繰り返し、裏声の多用、そして息継ぎそのものがほぼ出来ないシンガー殺しなアルバム……。それらの楽曲の数々が喉の不調の真っ只中にある礼衣に容赦なく襲い掛かる様は、ともすれば限界突破の歌唱にも見えるだろう(実際にその姿を見て泣いているファンも大勢見た)。ただ流石はボーカリストというべきか、礼衣は歌うにつれてどんどん覚醒していく感覚もあり、正直なところ素人目には喉の不調を感じさせないほど声は通っていた。その姿には彼女の本気度をしっかりと感じることが出来たし、そんな礼衣を心配して何度も演奏中に目を配るぷすとmiroの視線も、バンドとしてとても美しいものだった。

テリトリーバトル - YouTube

そのアッパーさと相まって絶大な興奮を生み出したのはアルバム曲の“テリトリーバトル”。ダブステップを彷彿とさせる打ち込みサウンドが新たなエッセンスとして響く中、手拍子も作用して一体感抜群。更には真っ赤な照明の下、常に前を睨みながら演奏するぷすはもちろん、最高音が出ないことに思わず天を仰いで笑ってしまう礼衣の表情さえもホラーチックに変えてしまう雰囲気はこの日最もツユのダークヒーローぶりを映し出した一幕であり、グッとくるものがあった。

思えばツユは、常に我々のネガティブな感情に寄り添ってきたアーティストだった。それは例えばファーストでは“くらべられっ子”で他者比較、“あの世行きのバスに乗ってさらば。”で自殺願望、“ロックな君とはお別れだ”では嫉妬として描かれ、結果として現代に生きる若者の心情とリンクする形で広まるに至った。では続くセカンドアルバムではどうかと言えば、そのネガティブな感情が外向きになった結果、「私がこうなったのは全部お前らが悪い!」とする自己保身からの他責に向かうこととなる。それは『貴方を不幸に誘いますね』のタイトルにも表れていて、特に“デモーニッシュ”や“泥の分際で私だけの大切を奪おうだなんて。”では痛烈な毒を撒き散らすことで、人間の醜悪さを露呈させてのショック療法の機能を果たしていた。……ただその他責はつまるところ自己嫌悪の裏返し。「じゃあ自分が死ねば全て終わるんじゃないか?」という消滅願望が、このアルバムの終着点である。

ツユ - 終点の先が在るとするならば。 MV - YouTube

このセカンドアルバムのラストとなった“終点の先が在るとするならば。”は、そんな死について歌われている。この楽曲は先んじて演奏された“あの世行きのバスに乗ってさらば。”で天国に向かうバスに乗り込んだ主人公が、実際に死後の世界に到達した後のアンサーが描かれているのだが、この結末はハッピーなものではない。《後悔をしているから/早まったあの私みたいに あなたにはなってほしくなくて》と自死を後悔する形で締め括られていることに、ぷすが発する自傷的な前向きさと言うか、自責と他責・ポジティブとネガティブは表裏一体なのだと言うことを突き付けられる感覚をもたらしてくれた。

そうしてライブは第3章、サードアルバムの“アンダーメンタリティ”ゾーンへ突入する。ファーストでネガティブな精神性を、続くセカンドで他責方向へと向かったツユは、このサードで明確に『現実世界の闇』へと視点を切り替えている。……繰り返すがぷすは自分の思ったことを包み隠さないアーティストだ。ゆえに“アンダーキッズ”におけるトー横キッズのオーバードーズと自傷行為然り、インターネット上で炎上して実質的な引退に追い込まれた某メンバーを題材にした“いつかオトナになれるといいね。”然り、ぷすが当時最も思いを発露したかった題材がこれらに勝るものがなかったという証左であり、結果としてこれまでの『自分発信→他者』の図式であったツユとは性質が全く異なっているという点では、著しく方向性を変えたアルバムとの見方も出来る。

ツユ - いつかオトナになれるといいね。 MV - YouTube

そのうち熱狂的な盛り上がりとなったのは、ツユの楽曲で唯一ファンとの掛け合いを行う“いつかオトナになれるといいね。”礼衣が「盲目?」と放てばファンが「信者!」と返し、ぷすが超絶ギターを弾けば拍手喝采。目の前に広がる光景だけを見れば素晴らしいライブの一幕だが、その一幕さえもぷすに言わせれば「お前らも盲目な信者なんだよ?」というアンチテーゼ。彼がこの楽曲を最もポップに振り切ったものとして作ったのは計画的だろうけれど、奇しくも生身のライブでもってこの計画性は現実のものとして受け入れられた形だ。

また今回のライブで、直接的な怒りが爆発したのは“アンダーヒロイン”の時間帯。腰に手を当てながらの「あーあ、マジうぜえあの女」とする礼衣のゾクゾクする語り口に没入し、ぷすのギターソロに心奪われて歌詞にはどこか共感してしまう……。憂鬱もしんどさも、人生で訪れる事象を和らげる音楽が美徳とされている中、彼らが鳴らす音楽は直接対峙してカチ合わせるような過激派の魅力を携えていて、それがツユが愛されている理由なのだと改めて感じられる一幕でもあった。

ツユ - アンダーヒロイン MV - YouTube

そしてここからは、あらかじめぷすが「最低でも新曲4曲は持っていきます」と明言していた新曲ゾーン。ファースト、セカンド、サードときて新曲で終わらせるのは強気な姿勢の表れだろうけれど、これらが本当に素晴らしかった。まずはツユの公式Xで先行公開された、今回の『革命前線』のインタールードとなる楽曲からスタート。そこからは礼衣が言葉数多く捲し立てるファストチューン、そして『新曲3』はこれまでのツユの合せ技とも言えるリミックス曲で、“やっぱり雨は降るんだね”の《やっぱり雨は降る……》あたりをBPMを落としてそのまま歌詞に当てはめたり、所々のギターは“ロックな君とはお別れだ”のジャッジャッジャッと鳴るフレーズを使ったりと、ツユのファンであればあるほどグッとくる新曲に。

「さりげなく新曲をやったんですけど、どうでしたか?最近は少しテイストが違う曲をたくさん出してきたんですけど、この曲は昔のツユに戻ったような歌になりました。歌詞は聞き取り辛かったと思うけど、またMVも出ると思うので。よろしくお願いします」と礼衣が語り、最後の曲として宣言したのは今回のツアータイトルにもなっている“革命前線”。この楽曲はぷすのリアルを、一切の脚色なしで映し出している。

ツユ - 革命前線 MV - YouTube

《あの日の覚悟も 全部溶けてしまったんだ》《見て 見て 僕を この穢れた僕を》……。“革命前線”では徹頭徹尾、ぷすの現状が赤裸々に語られる。それも一見すれば歌詞だけで完結していたものを、ぷす本人がXにて高級車を乗り回していたり、女遊びを繰り返しているという証拠とも言えるツイートをしてしまったことで、“革命前線”における歌詞の全ては確固たる事実として映ることとなった。つまり今のぷすは『様々なものを手に入れた果てに創作意欲を削がれた状態』であると、公に暴露したのである。

では何故ぷすはこうしたツイートをしたのか。その理由は純粋に『〆切が間近に控える中、自分自身を追い込むための行動』であったと推察される。今回の活動休止、ひいては解散を示唆するツイートにしてもおそらくはそのような考えがあってのものだろうし、ファン視点では批判されて然るべき行動のようにも思える。……しかし思い返せばぷすは、そうした衝動的な気持ちを歌にしてきたアーティストでなかったか?事実、憂鬱も希死念慮も、果ては他者への怒りも含め全てを包み隠さず爆発させたことで、多くの共感者を生んだのがツユであったはずだ。今回のライブタイトルを『革命前線』としたのもそう。彼らの今回の4つの新曲もまた、今後のツユに繋がる大きな伏線としてのものなのだろうと思いたい。

1時間半で28曲という、尋常ならざるペースで駆け抜けたツユ。後に発表された通り、礼衣は声帯出血を伴う声帯炎の症状を訴え、次のライブ予定をキャンセル。この日の広島は結果として治療前の最後のライブとなったけれども、命を削るような圧倒的な迫力を目撃した当事者としては、とにかく「良くやってくれた!」と拍手喝采を送りたくなる夜だった。

今回のライブは総じて、ファンとツユの信頼感を強く抱かせる代物となった。上のレポでは短距離走の例えを出したけれど、礼衣が声の不調を訴えて以降はまるでツユの横を我々ファンが水を持ちながら並走しているような、そんな感覚。これまで観たツユのライブとはまた違った青い炎が、フロア全体を突き動かす歴史的なライブ。ライブ全般において最も大切な『本気度』が特にこの日はありありと確認でき、本当に素晴らしかったと今でも感じる。

結局のところツユが活動休止するのかは、未だに分からない。この日のライブがラストと言われても納得出来る程の熱量だったが、「まだ先がある」と言われても同様に納得出来る、そんなライブだったから。ただ新曲4つの完成度の高さ、また礼衣自身が全力でツユに向かい合っている事実を赤裸々に知った今となっては、活動休止してほしくないのがファンとしての率直な気持ちだ。……この先に待ち受けるツユの革命。この日はその序章に過ぎないと考えつつ、次のアクションを座して待ちたい。

【ツユ@BLUE LIVE 広島 セットリスト】
やっぱり雨は降るんだね
風薫る空の下
アサガオの散る頃に
くらべられっ子
あの世行きのバスに乗ってさらば。
ロックな君とはお別れだ
太陽になれるかな
ナミカレ
雨を浴びる
雨模様
どんな結末がお望みだい?
奴隷じゃないなら何ですか?
テリトリーバトル
強欲
デモーニッシュ
泥の分際で私だけの大切を奪おうだなんて。
終点の先が在るとするならば。
傷つけど、愛してる。
これだからやめらんない!
いつかオトナになれるといいね。
腹黒女の戯言
アンダーヒロイン
不平不満の病
アンダーキッズ
新曲
新曲
新曲
革命前線(新曲)

【ライブレポート】ヤバイTシャツ屋さん・夜の本気ダンス『“BEST of the Tank-top” 47都道府県TOUR 2023-2024』@BLUE LIVE 広島

ヤバイTシャツ屋さんが47都道府県ツアーを敢行してから数ヶ月経ち、今回の広島公演で気付けば終盤戦。通常ではあり得ない短スパンで叩き込まれたスケジュールを消化していく様は『ロックバンドかくあるべし』の感があるが、実際に行うとなるとその過酷さは言うまでもなく。ただその疲れさえも翌日のライブで回復させていくのが、ヤバTらしさである。

今回会場に選ばれたのは、眼前が海に面した少し特殊なライブハウス。何と現状全てのライブがソールドアウトになっている彼らはこの日も同様で、このちょっとやそっとではたどり着けない場所に大雨にも関わらず1000人近くのファンが満員御礼で集まり、その時を楽しみに待っていた。この日の対バン相手は高校の先輩後輩の立ち位置でもある、夜の本気ダンス。結成15年の夜ダンと結成10周年のヤバT、その化学反応は如何なるものなのか。

大勢のファンでごった返すライブの幕が下りたのは、定刻から5分ほど過ぎた頃。先行は夜の本気ダンスで、デビュー当時から変わらない“ロシアのビッグマフ”のSEを経て鈴鹿秋斗(Dr.Cho)、米田貴紀(Vo.G)、西田一紀(G)、マイケル(B.Cho)らメンバーが登場。そして「クレイジーに踊ろうぜ。“Crazy Dancer”!」と米田が叫ぶと、いきなりの“Crazy Dancer”でフロアを温めにかかる。この楽曲はライブではリリース当時からほぼ必ずセットリストに入っていて、《ないないない》の歌詞部分で振り付けを入れたり、レスポンスを委ねたりとその都度新たな盛り上がりを吸収して成長してきた。その結果今回は『何も言わずとも伝わっている』という状況が既に出来上がっており、早くもハイライト的な爆発を引き起こしていた。

【夜の本気ダンス】Crazy Dancer - YouTube ver. - YouTube

ライブ活動を続けているとともすればセットリストが偏ってしまいがちな感もあるが、今回の夜ダンはここ数年でも非常にレア、具体的にはセットリストの大半をミドルチューン、もしくは比較的新しい楽曲に変化させた前傾姿勢のものに。「皆さん踊る準備は出来てますか?」との一言から始まった“Oh Love”、インディーズ時代のファーストにおける“Fun Fun Fun”など、この40分の持ち時間にあえて強気の姿勢で攻める形は好感が持てたし、実際『今が最高!』を具現化する彼ららしいステージングだったように思う。

夜の本気ダンス"ピラミッドダンス feat. ケンモチヒデフミ" MUSIC VIDEO - YouTube

夜ダンのコンセプトは『自分たちが踊りたくなるような曲を作る』というもの。そのため初期はアッパーで四つ打ちを基本形にしていたのだが、最近は更に新しい方面での踊れる楽曲を量産し、注目を集めている。特に今回のライブでは新曲の“ピラミッドダンス feat.ケンモチヒデフミ”がそのモードで、ラップさながらに言葉を紡ぐ冒頭から打ち込みを使用したサウンドまで、明確に他の楽曲とは異なる魅力を宿していた。音源では打ち込みを妙があったが、実際にライブで耳にするとまた違った面白さもあったりして、これぞライブだなと。

MCでは、主に鈴鹿が他愛もない話をファンのレスポンスと共にどんどん変化させていく現場主義で進行。まずはこの日が年明け初めてのライブであることに触れると、年の瀬に4万円のお年玉を貰ったことを語り「これから少しずつ返していければと思います……」と濁したのを契機とし、以降は夜ダンとヤバTが先輩後輩の関係性であることから「後輩を脅して出演が決まった訳じゃないですから」と爆笑を生み出したり、果ては西田とヤバTもりもとの後ろ姿が似ている話などやりたい放題。もはや収拾のつかなくなった鈴鹿を他のメンバーはただ眺めるだけ、という構図も最高だ。

夜の本気ダンス MV "WHERE?" - YouTube

「後輩のヤバTに捧げます」と鳴らされた“Magical Feelin'”を終え、最後の楽曲は“WHERE?”。米田は「行くぞ広島!」と何度も煽りつつ、BPMの速いファストロックを叩き付けていく。我々はと言えば何も考えず踊り狂う、最高のロック空間が出来上がっていたのは印象深い。“fuckin' so tired”や“審美眼”といった代表曲を廃して、彼らなりの覚悟で臨んだ40分間。個人的には最後に広島で彼らのライブを観たのは今から7年半前、主催者に直接DMを送って行く小さな会場が最後だったのだけれど、あれから何倍もパワーアップしているなとしみじみ。今度は単独で。

【夜の本気ダンス@広島 セットリスト】
ロシアのビッグマフ(SE)
Crazy Dancer
By My Side
Oh Love
Fun Fun Fun
ピラミッドダンス feat.ケンモチヒデフミ
Magical Feelin'
GIVE&TAKE
WHERE?

 

夜ダンのライブが終わるとすぐ、目の前にポッカリとスペースが発生。その答えはひとつで、次なるヤバTのモッシュタイムに備えて全員が2〜3歩前に進み出た結果だ。この瞬間に「凄いライブになるぞ……」という思いが頭を支配していたが、まさかその結末は更に興奮上乗せ、気化した汗がステージの上部から垂れてくる、カオスな時間となったのは誰が想像出来ただろう。

『ネッキーとあそぼう わんぱく☆パラダイス』のOPである“はじまるよ”に乗せてステージに現れたのはこやまたくや(Vo.G)、しばたありぼぼ(B.Vo)、もりもりもと(Dr.Cho)の3名。人があまりに密集し過ぎて、メンバーは頭のてっぺん程しか見えないが「そこにいるんだろうな……」というのは明確に分かる盛り上がり。そこから鳴らされたのは“Universal Serial Bus”、“ダックスフンドにシンパシー”の超ファストチューン2連発で、一気に熱量を高めるばかりか、早くもこの段階でダイバーも出現。ライブ定番曲でもないのに、この盛り上がりは一体何だろうか。

ヤバイTシャツ屋さん - 「Universal Serial Bus」Music Video - YouTube

ヤバTのライブは、セットリストが毎回変わることでも有名。今回もこやまに「ちょっと今日のセットリスト、変なことになってまして……」と冒頭で示唆された通り、アルバムに収録されつつもなかなか披露されない楽曲に加え、今は入手不可能な自主制作盤から“反吐でる”、激レアの“どすえ 〜おこしやす京都〜”、果てはROTTENGRAFFTYの“D.A.N.C.E.”のカバーなど多方面に振り切ったセットリストで翻弄。その中で全員が知っているキラーチューンも惜しみなく見せる、ライブ慣れした彼らにしか不可能な幸福空間がここに。なおこの日のライブハウスは47都道府県中でもキャパが1000人と大きい場所で、物量的にも圧倒されるライブであったことも特筆しておきたい。

ヤバイTシャツ屋さん - 「ハッピーウェディング前ソング」Music Video - YouTube

前半部のハイライトは、何と言っても“ハッピーウェディング前ソング”。ライブで必ず演奏される認知度的にも「待ってました!」感が強いこの曲。もちろん会場内の盛り上がりは異常なほどで、ダイバーやモッシュがそこかしこで発生。前で観ている人はどれほどの状況になっているかは想像するしかないものの、後方で観ていても既に体は汗だく。キュッキュッと鳴る音に気付いてふと足元を見ると、地面は謎の水びたし状態。それが「みんなの体から出た汗なんだ」と判明した時、この日のライブの凄まじさを再認識した次第だ。

かと思えばMCでは、一気に脱力するのも彼ららしさ。今回は夜の本気ダンス・キュウソネコカミ、ヤバイTシャツ屋さん、四星球のメンバーで構成された通称『ソゴウ会』のトークが中心で、こやまが「皆さんソゴウ会って知ってます?4バンドが一緒になってやってるあの……おもんない身内ノリグループなんですけど」とボケると、夜ダンの米田を「あんな細い人間が産まれてくるもんなんやな」としばたが刺し、もりもとの言い間違えをふたりが徹底的にイジる。終始グダグダなトークだが、それすらも微笑ましくなるのはヤバTだからこそ。

そして“ちらばれ! サマーピーポー”でウォールオブデス(観客を左右に分けて突撃させる方法)を作り出し、「ヤバTの中で一番チルい曲」とする“dabscription”でムードを作り出すと「ここからは本気ダンスタイムです!」と“喜志駅周辺なんもない”を投下するヤバT。ただ今回は夜ダンに送る特別バージョンで、演奏の後半部を夜ダンの1曲目“Crazy Dancer”をカバーでまとめたこの日だけの楽曲、その名も“喜志駅周辺のCrazy Dancer”として再構築。更には“DANCE ON TANSU”、まさかのROTTENGRAFFTYの“D.A.N.C.E.”カバーなどダンス曲3連発でお届けし、熱量を底上げ。

ヤバイTシャツ屋さん - 「Blooming the Tank-top」Music Video - YouTube

ライブはラストスパートで、ここからは“Blooming the Tank-top”、“Tank-top Festival 2019”、“ヤバみ”というラウドな楽曲を立て続けに展開。もうここまで来ると体温上昇も著しいレベルになっていて、一緒に歌って踊って汗をかいている間に楽曲が終わって、また続いて……という覚醒状態に。正直僕はこの時点でほぼ記憶がなかったりするのだけれど、それは彼らの後半にかけての畳み掛けが『楽しい!』の感情のみで全て完結するものであった証左なのだろうと思う。これは最大級の褒め言葉としてだが、本当に「俺死ぬんじゃないかこれ……」と思うレベルの盛り上がり。こやまは「前に来たときはまだコロナ禍で、客席にスペースがあった。でも今日はグッチャグチャになってる。これがヤバTのライブや!楽しいなあ!」と叫んでいたが、これこそがヤバTが望み続けていたライブなのだ。

ヤバイTシャツ屋さん - 【LIVE】「かわE」 from 3rd LIVE Blu-ray/DVD 「Tank-top of the DVD Ⅲ」 - YouTube

最後の楽曲に選ばれたのは“かわE”。満面の笑みを浮かべながら演奏するメンバーの目下、フロアでは「最後やー!悔い残すなよー!」とのこやまの呼び掛けに反応し、10人以上ものファンが肩車状態となり押し合い圧し合いでこの日一番のカオス空間が形成されていく。中でもサビの盛り上がりは凄まじく、いつもファンに委ねている《やんけ!》のレスポンスに関しては1000人が叫び倒しているため、鼓膜がビリビリ震えるほどの迫力と一体感。ラスサビではダイバーが一斉に立ち上がったことで眼前にはメンバーすら見えないという異常事態さえも発生する程、完全燃焼で終了。地面はツルッツル、息はゼエゼエ。でもテンションはずっと高いという興奮は、やはりヤバTでしか味わえない。

ヤバイTシャツ屋さん - 「無線LANばり便利」Music Video - YouTube

ステージからハケた瞬間から「ヤバイ!」→「Tシャツ屋さん!」のチームワーク抜群のアンコールによって再び呼び込まれたメンバー。こやまは眼前に広がる靄を見ながら「これスモークちゃうねん。みんなの体から出てきた汗やねん。多分めっちゃ体に悪いよなこれ」と全員を称賛していて、その表情は穏やかだ。なおヤバTの今回の全国ツアーでは30秒以内であればアンコールの1曲目のみ動画撮影・投稿が許可されており、一斉にスマホが掲げられる……という光景も新鮮で楽しい。そんな状況下での1曲目は“無線LANばり便利”で、再度の盛り上がりを記録していく。歌われている内容はと言えば『有線より無線LANの方が便利』『Wi-Fiがあるから家に帰りたい』というものだけれど、これがヤバTにかかると歌って踊れるライブアンセムになるのだから不思議だ。

“Tank-top in your heart”からの写真撮影を終えると、再びファンに挙手制で語り掛けるこやま。「今日ヤバT初めて観たよって人?楽しかった人?もし良かったら他の友達とか、是非ライブに連れてきてください。絶対に良いライブします!」……。思えばこれまで彼らは、特にコロナ禍ではライブハウスの未来を考えて活動していた。制限のある状況下でもライブを続けてソールドアウトさせることで、ライブハウスの存続に繫げるというものだ。しかしシーンが元通りになった今、彼の原動力となっているのは『ライブハウスから離れてしまった人たちをカムバックさせること』。そのためには楽しいライブをして、どんどん広めて行こうというのが今のヤバTの考えである。先程の動画投稿OKの措置についても、それが大きな理由だと思うのだ。

ヤバイTシャツ屋さん - 「あつまれ!パーティーピーポー」Music Video[メジャー版] - YouTube

そんな彼らは最後に、最も期待されていたであろうキラーチューン“あつまれ! パーティーピーポー”を持ってきた。盛り上げまくった末の最後の駄目押しとして放たれたこの一手は、ファンの心を掌握するには十分すぎるもので、全員が一体となっての《しゃっ!しゃっ!》《エビバーディ!》のレスポンスが尋常ならざる大きさで響き渡っていく。モッシュもダイブもこれまでとは比較にならないレベルで発生し、天井からは至るところで水滴がポタポタ。目の前は汗が気化して靄になっている……という異常事態の中、ライブは終了。ステージのみならず会場の外の手すりまでビッチョビチョになったリアルからも、このライブが如何に灼熱だったのかを物語っていた。

昔からイラストを書いていて、今も書き続けている。マンガを読むことが大好きで、今も収集している……など、人は過去に多大な影響を与えられた場合、それに従った生き方を無意識のうちにすることがある。ヤバTと夜ダンにとってそれは学生時代に出会ったロックとライブシーンであり、ステージに立つようになった彼らは今でも、ロックライブを続けている。彼らが行っていることは実は非常にシンプルな思考によるものだ。

こやまが語っていたライブハウスへの思い……。それはかつて自分ひとりが抱えていたものだっただろう。ただ時を経て自分が他者を動かす側になった今、彼らの歩みはいちリスナーである我々の心を強く震わせる力強いものとなった。汗だくでグチャグチャのライブハウス、彼らが求め続けてきた景色から、また何かがここから生まれていくのだろうと思うと感慨深いものがある。約2時間半の熱狂、ご苦労さまでした。

【ヤバイTシャツ屋さん@広島 セットリスト】
Universal Serial Bus
ダックスフンドにシンパシー
KOKYAKU満足度1位
BEST
ハッピーウェディング前ソング
反吐でる
ZORORI ROCK!!!
ちらばれ! サマーピーポー
dabscription
喜志駅周辺のCrazy Dancer(夜の本気ダンスカバー)
NO MONEY DANCE
DANCE ON TANSU
D.A.N.C.E.(ROTTENGRAFFTYカバー)
どすえ 〜おこしやす京都〜
Blooming the Tank-top
Tank-top Festival 2019
ヤバみ
かわE

[アンコール]
無線LANばり便利
Tank-top in your heart
あつまれ! パーティーピーポー

【ライブレポート】山口一郎(サカナクション)『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』@東京ガーデンシアター

サカナクションの絶対的フロントマン・山口一郎が精神的な病気を発症してから、もう2年が経つ。その間山口個人としての活動(CMやYouTube配信)こそ行われてはいたものの、サカナクションは活動休止となり、開催予定だったツアーも中止を余儀なくされた。2022年にリリースされた2枚のアルバムで完成する二部作の前半部『アダプト』が高評価だったこともあり、ファンは山口の現在地を待ち望む……。そんな日々が続いていた。

その渦中で行われたのが『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』と第された今回のツアー。このツアーは9月6日に発売されたコンピレーション『懐かしい月は新しい月 Vol.2 ~Rearrange & Remix works~』を元としたもので、サカナクションではなく山口の単独ライブとして、全く異なる世界観で行われるもの。以下のレポに詳しいが、彼がこの2年間何を思い、この先に何を見ようとしているのか……。その全てが判明した伝説的ライブだったように思う。

サカナクション / サンプル -Music Video- -Music Video- - YouTube

アルバムジャケットが大映しになるモニターが消滅する形で、ライブは定刻にスタート。ほぼ真っ暗な会場に足音を響かせたのは全身真っ黒の服、私生活でも掛けているメガネ姿の山口一郎(Vo.G.Sampler)その人で、ゆっくりと歌い始めたのは“サンプル”。キーボードの音が鳴る中心で歌い上げる彼の背後には淡い光を発する縦長のライトがあるのみで、山口の表情はほとんど見えない。彼は開催前のYouTubeライブで「今回のライブはネガティブなものになる」「僕のこの2年間の鬱々とした気持ちと、次に向かおうという気持ちを表現するつもり」と語っていたけれど、おそらく真っ暗な中で歌われる“サンプル”における《息をして 息をしていた》との回顧は彼の実体験なのだろうと思ったし、ここからの歩みが描かれるのが、この先の時間なのだと分かる。

まず大前提として、今回のライブはほぼ全曲がリアレンジ&ミックス状態で届けられたコンセプチュアルなもの。照明も基本的には暗く、楽曲も大半が4分〜5分に変貌した、サカナクションとは完全に別物のライブまであったことは特筆しておきたい。またステージ上に楽器はほぼなく(山口が時折サンプラーを動かしていた程度)、彼の周囲をサウンドプロデューサー&マニピュレーター・浦本雅史、ミックスエンジニア・佐々木幸生、プロジェクション&PJオペレーター・Yuta Shiga、VJの総合演出・田中裕介ら4名が取り囲む特殊なものとなっていた。……何故こうした状態でのライブになったのかについては無論、今回のライブが『山口がサカナクションとして舞台に立つリハビリ』として位置していたことが大きく、どうしてもソロとして、どうしてもこの2年間に自分の周りで支えてくれたエンジニアたちと立つ必要があったのではないか。

茶柱 from NF OFFLINE - YouTube

サカナクションのライブは前半にはしっとりとした楽曲を、対して後半では一気に盛り上げるよう明確な緩急が設定されている。それは山口のソロライブも同様だったのだが、第1部は言わば山口の『鬱期』のような暗い雰囲気が全体を覆っていたのが印象的だった。また“茶柱”からは少し照明が明るくなり、ステージの全貌が明らかに。“サンプル”→“ボイル”の暗がりでは分からなかったがステージの中心で歌う山口の側にはブラウン管テレビ、絵画といった物体が鎮座していて、それらが大きな四角形の箱で覆われている、といった具合でさながら小さな自室のよう。これは山口が部屋で鬱々と過ごしていた、かつての日々を表しているのだろう。

そして“茶柱”以降は、様々な演出が目と耳を楽しめたことにも触れておきたい。モニターに映し出された線香花火、女性が手を打ち鳴らしたりといった映像と音がリンクし、最終的には山口の側にあるテレビのノイズ音でさえもパーカッションとして作用。“アドベンチャー”に移った頃には高速道路の映像がバックで流れ始め、“忘れられないの”では窓の結露、“フレンドリー”ではamazarashiよろしく歌詞の濁流がモニターを覆い尽くす勢いで投影される。更に“夜の東側”では山口を模した2つのマネキンが向かい合わせになり、ひとりが積み木を作ってもうひとりがそれを平手打ちで破壊する……という意味深な映像がループで再生。ただ歌い上げる山口本人はと言うと体をどんどん動かすようにもなっていて、バックの映像でそれと反する出来事が起きている逆転現象。それはこの2年間で少しずつ山口が前を向こうとし、またその前を向こうとすることさえも新たな憂鬱によって阻まれる、そんな繰り返しの毎日を過ごしていたことを示唆していた。

サカナクション / 新宝島 -Music Video- - YouTube

リアレンジによりテイストが変わったと言っても、やはりライブアンセムは強い。山口の内面に迫る時間を超えてライブらしい形となったのは“新宝島”で、開幕からの山口の扇動により、会場はクラップで包まれる。背後のモニターには“新宝島”のMVでお馴染みのダンサーたちの姿(何故かその中には山口のマネキンもいる)も映し出され、一気に熱量を増す会場だ。山口はWinkの“淋しい熱帯魚”よろしく腕を使って即興の振り付けをしたりと新たな動きが出てきているのだが、会場はこれまでの流れもあるためにファンが立ち上がるには至らない対極の図。本来“新宝島”は鳴らされた瞬間に絶大に盛り上がるものが、今回はそうではない……という端から見れば異質な状況だが、ここまで観た人は良い意味で『山口の過去に迫った』というネガティブな状況が行き届いていたことの証左であり、結果この盛り上がり切れていないモヤモヤとした感覚さえも、山口の躁鬱に接するものでもあったのだと、今なら思う。

サカナクション / 目が明く藍色 -Music Video- - YouTube

第1部のラストは、以前行われたファン投票でも堂々の1位を獲得した人気曲“目が明く藍色”。ピアノと微かに聴こえる弦楽器……という原曲とは大きく異なったミニマルなサウンドをバックに、山口は強弱を付けた歌声でぐんぐん牽引。その一幕だけを観れば、確かにこの楽曲が山口にとって『光』を映し出しているように思える。ただ予想外だったのは、この楽曲が最後まで歌われなかったことだ。原曲では《その時がきたらいつか いつか》のフレーズが放たれた後にクライマックスが訪れるシーンがあるけれども、山口はこの歌詞を発した直後に動きを止め、以降は少しずつ煙が山口を覆い隠す形で楽曲がフェードアウト。背後には死んだ目をした山口のマネキンの姿がホラーチックに映し出されていて、その雰囲気に呑まれるまま第1部が終了。15分間の休憩時間となった。

山口の心中に巣食う憂鬱は、一体どうなったのか。その疑問が空中にフワフワと浮いたまま第2部はスタートし、変わらず真っ暗な会場に歩を進めた山口がまずは弾き語りで言葉を紡いでいく。《あと少しだけ 僕は眠らずに/部屋を暗い海として 泳いだ 泳いだ》と歌われるのは“ネプトゥーヌス”で、《そして僕の目を見よ 歩き始めるこの決意を》と思いを滲ませるのは“フクロウ”。暗中摸索、ただ何かが起きるかもしれない……という、闘病中の希望がここで少し見えてくる作りだ。

この日初めてのMCでは、今回のツアーの意味合いが山口の口から語られた。まずは「『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』。今日は山口一郎の単独ライブ、千秋楽となっております。お越し下さりありがとうございます!」と感謝の思いを口にすると、そこからは自身が2年間に渡って精神的な病気に苦しんでいたこと、またサカナクションを再び始めるために、一度ひとりで修行を積む意味で今回のツアーが計画されたことなどが真剣な表情で語られていく。中でも「病気になった当初はまたステージに立てるとは思っていなかったので。皆さん本当にありがとうございます」と語った場面は、山口が俯きながら訥々と話していたことも相まって『本当に引退も視野に入れるほど絶望的な状況だった』ことが分かり、様々な思いが頭を駆け巡っていた。

ドキュメント from NF OFFLINE - YouTube

そんな絶望的な状況だった山口にとっての心の拠り所だったのは、病気のリハビリのために行っていたYouTubeの歌唱配信。以降は共にふたりきりで配信をしていた盟友・浦本雅史のサウンド調節のもと、アットホームな雰囲気で“セプテンバー”と“ドキュメント”を弾き語りで披露。なお第2部ではほぼ真っ暗だった第1部とは違い、ステージ上には山口を含めた計4名が垂直に立っていた。それはレコーディングエンジニア、VJ担当といったスタッフであり、国外含めた全てのコンサートでは、いつも客席後ろにいる立場の人たちだ。ただ今回はその4名はステージにいる訳で、これはあまりに異質な光景だった。これについては山口いわく「これまでとは全く違う実験的なことがしたかった」というのが答えであり、サカナクションではなく山口一郎の単独ライブだからこそ思い切ったことが出来る、音楽の未来を考える彼らしい手法だなと。

ここまでは暗い雰囲気に包まれていたライブだが、会場が一体となったのはここから。「メンタルの病気って、薬の副作用で激太りするんですよ。今は痩せたけど、一時期は10キロぐらい増えたかな。ガリガリなのがトレードマークみたいになってたけど、最近はプックリしちゃって。プックリンコになっちゃった」と軽妙なトークで盛り上げる山口の姿を見ていると思わず嬉しくなってしまう。

サカナクション - アイデンティティ(MUSIC VIDEO) -BEST ALBUM「魚図鑑」(3/28release)- - YouTube

 

 

 

「みんな今日は座ってるけど、正直なまっちゃってるんじゃない?サカナクションのライブは今日とは全然違うからね。もう……こうやったり(腕を挙げる)こうやったり(“ショック!”の振り付け)、凄いんだから。なので僕は今から……縄跳びを飛びます!」との突然の流れから、「今からこの場で縄跳びを100回連続で飛んだら、“アイデンティティ”カラオケで歌います」とどこかで見たような展開に。そこから宣言通り縄跳びをキッカリ100回飛んだ山口は無事“アイデンティティ”に辿り着くも、メロやサビなど当然の如く息切れし、なかなか歌えなくなってしまう。ただそれをファン全員が歌詞を大合唱することで、この日一番の一体感を生み出していたのは本当に感慨深かった。気付けばこれまで着席型だったファンは全員立ち上がって手拍子を繰り広げていて、明確にネガティブの路線を走っていた今回のライブにおいて、最も『光』を感じることの出来た瞬間でもあった。

「サカナクションがもう一度ライブをやるなら、絶対にやりたい曲」として“シャンディガフ”を落とし込むと、ここで最後のMCの時間が到来。……MCを記述する前の大前提として書くけれども、そもそも山口は基本的に自分のことを話さない。それは彼自身が『自分の伝えたいことは音楽で全部表現する』というアーティスティックな心情に基づくもので、我々のような長年のファンであっても、彼の私生活についてはほとんど知らない人がほとんどだろう。ただここで語られた全ての内容は彼の2年間の思いはもちろん、今後についても非常に大切になる言葉であると思う。以下なるべく内容を損ねないよう、覚えている限り書き記しておきたい。

「僕はこの2年間、ずっと足掻いてきました。僕が患った病気は、鬱病です。僕はこの病気のことを何も知りませんでしたし、この病気になったことで、新しいことや病気を知るきっかけにもなりました。……でも僕はミュージシャンです。今もこうして大勢の方々にライブを観てもらえて、サブスクやYouTubeで音楽を聴いてもらえている、そんなミュージシャンです」

「僕がこの病気になったとき、たくさんの人が支えてくれました。きっと普通の会社員や学生の中にも、同じ病気を患っている方はたくさんいると思います。みんなひとりで戦っていると思います。これまでもそうでしたが、僕は今回のライブを人生最後のステージだと思ってやってきました。今日来ている人の中でも、このコンサートが最後になる人がいるかもしれない。そういう思いが、病気になったことで、またこの単独ツアーを経たことで、より強く感じましたし、サカナクションが作り出した曲がたくさんの人に聴いてもらえているという、恵まれた環境の中に自分はいるんだと再認識しました」

「今、新しい曲を作っています。次に僕たちが生み出す曲は、今までのサカナクションとは違うかもしれない。もう元には戻らないかもしれない。新しくなります。弱音を吐くのも、この病気のことを話すのも。今日で最後です」

ここまでを話し終えた後、山口は言葉を切って虚空を見上げる。それは今にも流れ出てしまいそうな涙を押し留めようとしての行動であったけれど、山口が何かを伝えようとしていると気付いているファンは、次の言葉をずっと待っている。たっぷり1分ほど経った頃、ようやく発せられた一言、それは無理矢理作られた笑顔で語られた「しんどかった……」との言葉だった。これまで絶対に語られなかった山口の絶望に触れた我々は心中を察することしかできないが、それでも。彼のその言葉で涙を流すファンの多さから、改めてサカナクションと山口一郎には大好きな人がたくさんいるのだと知る。

サカナクション / 白波トップウォーター -Music Video- - YouTube

「次は5人で。新しいサカナクションで、必ず皆さんの元に帰ってきますので。ありがとうございました。サカナクション山口一郎でした!」と叫ぶと、最後の楽曲は“白波トップウォーター”。ピアノの音をバックに歌い上げる様も感動的だった中、歌詞もネガティブな生活を明確に明るくしていこうというポジティブなもので、山口がサビ部分の《悲しい夜が明ける》と歌った瞬間には、思わずグッときてしまう。ただこのまま音楽はフェードアウトし、終わるかに思えたライブはまだ終わらない。そう。今回のライブでは大きなサプライズが待っていたのである。

サカナクション / 新宝島 -Music Video- - YouTube

全ての楽曲が終わった後、山口はひとり舞台に立ち「ここで重大発表があります!」と一言。そして「サカナクション、4月から完全復活でーす!」と満面の笑みで叫ぶと、直後に照明が暗転。ドラムシンバルの4カウントから始まったのは、まさかの本日2度目の“新宝島”!しかもステージ袖からセットに運ばれてやってきたのはなんと岩寺基晴(G)、草刈愛美(B)、岡崎英美(Key)、江島啓一(Dr)らサカナクションメンバーであり、先程まであったステージセットは完全に片付けられ、我々の良く知るサカナクションのライブが眼前で繰り広げられていく。もちろんフロアは総立ちで“アイデンティティ”を遥かに凌駕する熱量で盛り上がり、これにてサカナクションは2年ぶりに完全復活。4月からはツアーの開催も明言され、サカナクション完全復活をこれ以上ない形で証明してライブは幕を閉じたのだった。

山口一郎にとって、音楽とは存在意義に等しいものがあると思っている。ただそれゆえに、彼はひたすら孤独とも戦い続けてきた人物でもある。日本アカデミー賞音楽賞を受賞した“新宝島”然り、歌詞の最後の1文だけが書けずそのまま連日考え続けた“エンドレス”然り、アーティストが言うところの『産みの苦しみ』は少しずつ彼を蝕んでいった。その結果彼は鬱病になり、2年間に渡って表舞台から姿を消してしまったのは、体の反動によるところが大きいものと推察する。

彼は公演中、何度か「このライブが最後になると思って臨んだ」とも語っていたけれど、そんな彼を救ってくれたのもまた音楽であったことには、使命的なものを感じずにはいられない。部屋の隅に蹲る山口一郎から、いつものサカナクションへ……。その2年間の道程は決して平坦なものではなかったけれど、今後の道は明るい。サカナクション&山口一郎の新たな一歩を、これからも見届けていきたい。

【山口一郎@東京ガーデンシアター セットリスト】
[第1部]
サンプル -Rearrange 2023-
ボイル -Rearrange 2023-
茶柱 -Rearrange 2019-
映画 -AOKI takayama Remix-
アドベンチャー -Rearrange 2023-
忘れられないの -Rearrange 2020-
フレンドリー -Cornelius Remix-
夜の東側 -Rearrange 2020-
新宝島 -Rearrange 2020-
years -Floating Points Remix-
ナイロンの糸 -Rearrange 2019-
目が明く藍色 -agraph remix-

[第2部]
ネプトゥーヌス(Acoustic ver.)
フクロウ(Acoustic ver.)
セプテンバー(札幌ver.)
ドキュメント(Acoustic ver.)
アイデンティティ(オケver.)
シャンディガフ(オケver.)
白波トップウォーター -Rearrange 2020-
新宝島(サカナクション完全復活ver.)